第108話:タンカ・コンム〜テロン街でナビを失う〜

 テロン街に遊びに来た。

 ここは不思議な構造になっていて、ナビを失ってしまえばすぐに迷ってしまうような危険な場所だが、他の街にはないような面白いお店がたくさんある。

 携帯端末デバイスでは複雑すぎて配信できないような不思議魔法を買うことが出来る商店や、怪しい薬を売っているお店、刺激的な体験を出来るお店などが、この街の不思議な構造のせいで見つかることなく、ひっそりと、しかし堂々と営業している。

 つまりは、リスクは高いがそれに見合った、リターンもあるのだ。

 そのリスクも準備さえしておけばなんの問題もない。

 携帯端末デバイスをしっかりと電力魔力共に充填し、予備バッテリーも用意してあれば、テロン街で迷うことなどない。

 通常のマッピングアプリでは消費が多過ぎるので、テロン街専用のナビアプリを利用する。

 通常の手段では手に入らないものだが、テロン街の中で入手することが出来る。

 あとは食料。

 万が一うっかり迷ったり、バッテリー切れを起こしたときのために、食料は必須。

 テロン街では営業している食事処を見つけるのが困難、なぜか普通に歩き回っていると遭遇するのは定休日のお店ばかりになってしまうらしい。

 食料の用意を怠ると、バッテリー切れを起こしたあと、回復するまでしばらくの間空腹のままさ迷うことになる。

 夜になれば明かりもほとんど落ちるため、暗い中を空腹でさ迷うのは非常に精神的によろしくない。

 以前そういう人の話が都市伝説的な形で他の街で囁かれていたことがあった。

 ここまで準備して、テロン街へ遊びに行く用意は完了。

 ターミナルからテロン街行きのゲートを潜るともうそこはテロン街。

 振り向いても今潜ってきたゲートはもうそこには存在しない。

 今日の目的地はサムロン魔法商店、携帯端末デバイスでは再現できないような複雑な魔法を発動させることが出来る魔道具を扱っているお店だ。

 言い忘れていたけど、私の仕事はテロン街でしか買えないものを、注文を受けて買いに行くこと。

 遊びに来るついでに買って行き、お金を稼いでいる。

 危険だからとテロン街に入りたがらないけど、特殊なアイテムは欲しいという人が多く、ほぼ毎日仕事があって、結構な収入になっている。

 テロン街で遊ぶのにも結構お金がかかることも多いので、大変助かっているのだ。

 そんな説明をしている間にサムロン魔法商店に着き、店主に依頼のメモを渡して依頼の品は買えた。

 これであとはこのアイテムを依頼主に渡せば仕事は終わり、あとは私の趣味みたいなもので、ナビを使わずに歩いて、テロン街の散策をする。

 ナビがあれば迷わないが、行きたいところしか行けなくなり、新しい発見は少なくなってしまう。

 ナビを使わずに歩き回り、新しいお店を探したり、変な構造のオブジェを見つけたりするのがテロン街での遊び方だ。

 新しく見つけたお店を記録しておけば仕事の幅も広がるし。

 携帯端末デバイスを鞄にしまい、魔法商店を出る。

 お店の外見は入った時とはまったく違うがいつものことなので気にしない。

 新たなお店を探して、歩き出す。

 ただ、普通に道を歩いているだけでもいつも違う建物の並びになっているのだが、それだけでは新しいお店を見つけることはできない。

 外見では、ドアがどんなお店に繋がっているか判断ができないこともあるし、普通の道の歩き方では出現するお店に偏りが生じる。

 そんなテロン街で新しいお店を見つけるコツは、ひたすらに、面白そうな形の地形に飛び込んでいくのだ。

 細い路地を抜け、途切れた道を飛び降り、高いところにある扉はとにかく開ける。

 そうすることで、今までに見つけられなかったお店に出会える可能性が上がるのだが、今日は調子が悪いみたいだ。

 知っている場所にしか行けない。

 どうにも調子が悪いし、今日のところは帰ろうかと携帯端末デバイスを取り出そうとしたが、手が滑って落としてしまった。

 地面に落下した携帯端末デバイスを拾おうとして腰を曲げて手を伸ばそうとしたらうっかり蹴ってしまい、携帯端末デバイスは地面を滑っていく。

 まっすぐ滑っていくのかと思いきや、突然直角に曲がり、建物の影に消えた。

 慌てて、携帯端末デバイスの消えた先を覗き込んでもだめだ、既に繋がりが変わってしまっている。

 あるはずのそこに携帯端末デバイスは存在しなかった。

 非常にまずい事態だ。

 携帯端末デバイスのバッテリーが切れたとかであれば時間が経てばなんとかなる。

 しかし、携帯端末デバイスを紛失するのだけはまずい。

 この街から出ることができなくなってしまったようなものだ。

 楽観的に考えれば、食料はたくさん持っているので、時間をかけて携帯端末デバイスを探し出すということもできなくはない。

 運が良ければ、次の瞬間足元に転がっている可能性すらある。

 ただし、その可能性は10回転生して毎回普通の生活ができる可能性よりも低い。

 普通に考えれば、私はこのテロン街で死ぬまでさ迷い続けることになるのだが、私はテロン街を遊び場にしているほどテロン街をよく知っている。

 まだなんとかなる方法はある。

 幸いなことに食料以外に魔力の充填されたバッテリーがあるので、うまいことどこかの魔道具商店に入ることができれば、ナビ専用の魔道具か、物探しの魔道具を借りてテロン街の外に出るか、携帯端末デバイスを探すことができる。

 テロン街には魔道具屋などいくらでもあるので、すぐに当たるはずだ。

 前向きにいこう、前向きに。

 そうと決めてからはとにかく、目についた扉をすべて開けていく。

 小人サイズの扉も、窓も、下に繋がっている扉も手当たり次第すべてだ。

 そうして、43番目の扉を開けたところで、やっと先程訪れたサムロン魔法商店にたどり着いた。

「すいません、失せ物探しの魔道具って無いですか」

「失せ物探し?今日はもう売れちゃってまだ作ってないなぁ、明後日くらいにはできると思うけど」

「できれば今すぐ必要なのですが」

「というか、君がさっきも買っていった物で最後だったのだけど、あれは君に化けた偽物だったのかな?」

 店主の言葉を聞いて、鞄の中から依頼されたアイテムを出す。

「なんだ、持っているじゃないか。うちは複数在庫は置かないから、今日はそれひとつだけなんだよ、悪いね」

 依頼の品の内容はメモを直接店主に渡していただけだったので気づかなかった。

 時間はかかったが、無事携帯端末デバイスを見つけることに成功し、なんとかテロン街から出ることに成功した。

 携帯端末デバイスにはストラップをつけて腕に通しておくようにすることにした。

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