第76話:チジャ・レーマス~薬師の心得~

「ねぇロメリス、彼、最近来た?」

「いえ、見てませんけど」

 ここは薬屋【ファステ】、テロン街に存在する秘薬を扱うお店。

 秘薬と言っても、土地の力で市販の薬や普通の薬草の効果をずらして作るだけなんだけど。

 その秘薬を求めてしょっちゅう来ていた彼が最近は来ていないのよね。

「最後に来たのは?」

「うーん、ちょっと確認しますね」

 ロメリスが過去の売り上げ帳を確認しに店の裏へ入る、うちの店は未だに記録を紙に書いているのよね、そろそろ電子データにしてしまってもいい気がするのだけど、以前、前の世界にいたころの話、電子データに記録していた日記が雷による停電によって消えてしまったのよね、それ以降はずっとこうやって紙で記録をつけているのだけども、なんていうか、変え時を見失ってしまった、という感じが。

「師匠、先季の帳簿ってどこにしまってあるんですか?」

「その辺にない?」

「ありませんよ、ちゃんと片付けられないのなら、帳簿もデータ化するとかして」

 丁度それを考えていたのだけど、言われてしまうと、途端に変える気が起きなくなるのはなんでなんだろう。

「そのうち変えるわよ、そのうちね」

「前にも同じこと言ってましたよ」

「帳簿が見つからないのなら仕方ないわね、ちょっと魔物ハンターギルドに行って彼の最近の活動を探ってきてくれる?」

「それは流石にやりすぎなんじゃ…………」

「いーえ、お得意様の安否を気にするのは薬屋として当然のことよ。

 万が一、うちの薬がだめで大怪我して動けなくなっているとしたら私たちの責任になるのよ」

「さらっと僕も巻き込まれているのには納得がいきませんが、一理ある気がしますね」

「一理どころかこの世の真理よ、わかったらさっさと行きなさい」

「わかりましたよ」

 渋々という感じがもろ出しになりながらもロメリスは店を出て行った。




 暫くして、店の戸が開いた。

 ロメリスが戻ってきたのかと思ったが、それは彼だった。

「久しぶりですね」

 何が久しぶりだ、私は本当に心配していたんだぞ。

「生きてたんだ、死んだかと思ってた」

「大丈夫だよ。少し危なかったけどね、あ、でもここの薬のせいじゃないさ、僕が少しうっかりしていただけだよ」

「気を付けてよ、あんたはここの大得意様なんだからさ」

 死に別れるってのは、やっぱり寂しいから。

「死なないさ、この店の薬はよく効くからね」

「そう、ならいいわ。で、今日は何の用なの?」

「そうそう、今度、氷海に行くことになったから、それ用の薬を頼みに来たんだ」

 氷海に行くクエストで、うちの薬を買いに来るとなると、

「潜る用?」

「うん、氷海の底の底にある砂を集めてきてくれって、結構深く潜らないといけないから、耐寒効果と無呼吸、あとは耐圧もかな」

「相変わらず変なクエストばかり受けてるのね」

 確か以前は針山の山頂の針をとってくるクエストを受けて、皮膚を硬質化させる薬を買いに来ていた。

「うん、僕は戦える訳じゃないからね、ちょっと変わっていて取りに行くのが困難な場所にあるアイテムを取りに行くクエストばかり受けてる」

「なんで、戦える訳じゃないのに魔物ハンターなんてやってるのよ」

「いやー、やっぱり不老長寿の薬って高いから、秘境にアイテムを取りに行ったりしないと賄えなくてさ」

「そうね、不老長寿の薬は高いわ」

「もうちょっと安くならないかな?」

「残念だけど、作るのに結構かかるのよあれ」

 元になっているのは100パソ程度の頭痛薬だが、土地の力をかなり使うから200万パソで売っている。

「うん、仕方ないよね。じゃあ、氷海に潜るようの薬、お願いね。またできる頃に来るよ」

「じゃあ、またね」

「うん、また」

 そうして彼は帰っていった。

 早速注文された酸素飴と耐寒ペースト、耐圧クリームの作成に必要な力を貯めるように土地を設定して、なにか忘れているような気がするようなもやもやが頭の片隅に浮かんできたが、すぐ消えたので大したことはないのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る