第72話:アサカ_ノークス〜自身喪失している棋士〜
長年、ナックの棋士をやってきて、世界最強とまで呼ばれ、他の棋士に指導する立場にもなり、死に、死んでもナックを続け、ナックを極めたつもりでいた。
しかしだ、僕はこの世界で負けた、あの子がいくつで死んで転生していたとしても、僕よりもナックをやっている風ではなかった、そもそも、なんのゲームか聞く前から、自信満々だったのだ。
負けたことは、いい、いや、よくないが、問題はそう、その子があっけなく負けたことだ、それも、まったく大したことないやつにだ。
その子はありとあらゆるゲームで挑戦者たちを退けてきたというのに、大したことのないゲームで、大したことの無い男に負けたのだ。
もちろんその男に挑戦した、挑戦したのだが、全く勝負にならなかった。
僕の圧勝だった。
なんなんだ、本当に、強いってことがもう、わからなくなった。
あのあと、いろいろな相手と打ったが普通に勝てた、なぜあの子に負けたのか全くわからない。
あれ以降はあの喫茶店にも行っていないし、あの子とも打っていない。
…………そろそろ、行ってみるか。
カランカラン
ドアベルの音が響き、少し来ていなかっただけだが久々な気がする、前に来たときの騒がしい雰囲気はなく、お客さんが誰もいない、以前の雰囲気のままだ。
僕はこっちの方が好きだな。
「あら、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだ」
「あれから、大丈夫でした?」
メーティカさんには、全部お見通しか。
「やっと気持ちの整理がついたんだ、あの子とまた、打たせてもらってもいいかな」
「なにも注文しないお客さんを呼び込まないのであれば」
耳がいたいな。
「あの時はすまなかったね、僕よりも強い子に初めて出会って舞い上がっていたんだ。もうしないよ」
「ピー、おっとセンサーが」
口でピーと言い、軽くカップで小突かれた。
「ルールに従い、これで許しましょう」
「…………ありがとう」
優しい子だ。
「というわけです、メイナム相手をしてあげてください」
あの子が店の隅の棚から、ナックのボードと駒を一式持ってくる。
そういえば、置きっぱなしだったな。
「おじさん、弱くなった、けど、前より、強そう」
「ん?」
この子は今、どういう意味で言ったのだろうか。
さて、駒を並べ、開局。
勝てた。
苦戦はしたが、なんとか勝てた。
途中何度か手に詰まりを感じたのだが、メーティカさんの淹れてくれたサティを飲み落ち着き、新たな手を産み出して、なんとか、勝てたのだ。
「手を抜いたりは」
「していない、おじさんは、自分に、勝ったの」
「自分に?」
「そう、私は、おじさんを、写していた、だけ。
だから、おじさんと、戦って、いたのは、おじさん、自身」
「意味がわからないのだが」
メーティカさんに尋ねてみても。
「たまにそういうよくわからないことを言うんですよその子、生きていたときの記憶がないらしく、自分でもどういう事かわからないみたいですけど」
「ふぅむ、」
不思議な子だな、しかし、確かに僕は、強くなれた気がする。
ナックを極めたつもりで数十年、未だにナックの頂きはまだ遥か先だということか。
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