第44話:ヒュード=バンⅡ~超重力の谷に住むモフモフ~

 今日の獲物が住むのはやけに高い二つの山の間だけに限るが重力が通常の数倍になっている、通称超重力の谷。

 この場所は入り口付近はそこまで強い重力を感じないが奥に進めば進むほど、重力が強くなる。

 この世界に数ある通常の生物は立ち入ることすら叶わない秘境だ。

 そして、獲物になる魔物はこの谷を七割ほど入ったところに生息している、ファーボ、細長くて、短足四足で毛むくじゃらの魔物、元の世界には知的生命体が存在していないのかどこの世界から転生してきている魔物なのかは不明、重力の強い場所を好み、超重力の中でもちょろちょろとすばしっこく動く、見た目がふわふわしていて愛らしいためぬいぐるみのモチーフとして人気がある。

 まぁ、こんな感じの魔物で今回は生け捕りが目的だ。

 なんでも、超重力下で活動可能な理由を研究するのが目的らしいが俺には関係ない。

 さて、超重力の谷に入るか。


 進めば進むほど足が重くなる、物体を軽くする魔法を自身含め持っている荷物全てにかけてあるというのに、既に一歩踏み出すのに普段の数倍の時間を要するようになっている。

「これ、魔法を維持できなくなったらぺちゃんこになるって言ってたよな……」

 ぺちゃんこは勘弁してほしいな、死んだらもうどうにもならない。この世界で死んだ場合の蘇生技術など存在していないからな。

 あと、無茶苦茶声が低くなる、これも重力が強いことによる効果か。

 足が滅茶苦茶重いが進むしかない、まだ目的地は遠い。魔法が維持できなくなるまでには時間があるが、急ぐに越したことはない。

 ここまで動きが鈍くなっている状態ですばしっこいというファーボを捕まえることなんてできるのだろうか。


「つ、着いた……」

 地図によると、この辺りがファーボの生息域らしいが

「見事に何にもないな」

 あたり一面、黒く柔らかい砂が積もった地面と20クロン程の感覚を開けて左右の崖があるだけだ、視界を遮る岩や植物も存在しない。

 依頼に合った情報が間違っているということもあるまい、よく観察してみると地面が黒くてわかりづらくなっているが、穴がいくつか空いている。

 もしかしたら巣穴かもしれない、掘ってみるか?

 いや、掘るよりも燻り出す方がいいかもしれない。重くなるからいらないものは置いて行った方がいいと言われていたが、どうせ軽くするのだからといろいろ持ってきてよかった。

 火を点けると煙物凄い煙を出す玉の導火線に火を点けようとするが、どうにもうまくいかない、液体燃料式の着火機がうまく動作しない。

 魔法の炎を試してみる、よし、こっちはうまく使えるな。しかし煙玉の導火線に火が付かない。

 重力が強いと言うだけでこんなことになるんだな。本当にアドバイス通り置いてこればよかった、携帯端末デバイスさえあればどうにでもなるしな。残り時間が減ってしまうけど、問題になる程の消費ではない、はずだ。

 煙を出すための魔法も一応持っていて良かった、超重力の谷は|携帯端末《デバイス

 》がグローバルネットに繋がらないから新しくDLすることもできないしな、流石に一つの用事で二度とこんな場所に来たくはない。別の依頼が入れば話は別なんだが。

 そんなこんなで燻り出す用意ができた、どの穴から出てきてもいいようにここら一帯の地面の穴に網をかけておく。これで逃げられたら目も当てられない。

 穴の一つに煙を流し込んで少し待つ、すると、地面が少し揺れ始めた。

 もしかして、穴の中にいたファーボが一斉に穴の外に飛び出そうとしている音か?

 少し不安になりつつも待っていると、地面が崩れた。

「はぁ!?」

 周囲の柔らかい砂がズズズと下に沈んでいく、柔らかい砂に足をとられ俺もそのまま沈んでいく。

「ちょっ待て、うおー!?」

 腰まで沈んで、そのまま胸まで、そしてついに頭まで地面の下にというところで足が突き抜けた、そんなことは関係なく顔に砂がかかる、もう腰まで下にある空洞に突き抜けている、上には上がれない、空洞の下がどうなっているかは見えないが、上がれないなら下がるしかない、うまく死なない程度に地面があってくれと祈っていると胸までが空洞に突き抜け、体を支えていた砂の力が減ったためか、そのまま一気に頭まで抜け、落下した。

「…………!」

 超重力下での加速は凄まじく、流石に、死んだと思ったのだが、落下した先が非常に柔らかく包み込むように受け止めてくれた。

 落下が止まって、何が起きたかわからないという俺のまわりにはモフモフがちょろちょろしていた。渡されていた捕獲容器にも自ら潜り込もうとしていたりして、依頼分も十分確保できている。

 もしかして、ファーボの上に落ちたのか?

 上を見上げると天井は結構な高さがあり、俺が落ちてきたと思わしき場所から砂がパラパラと落ちてきていた。

「こっからどうやって帰るんだよ」

 ん、声が妙に高い、さっきまで物凄い低かったと思うんだが、なぜこんなに声が高いのか。

「ああ、体を軽くしてるからか」

 ということは、ここの空洞は普通の重力なのか。少し跳ねてみると天井付近まで跳べたが、天井付近でいきなり減速し、落とされた、着地はストンと、体が軽くなっている分軽く着地できた。

 つまり、超重力の谷の重力は地下に影響しないのか、これは新しい発見だな。

 そうとわかれば、帰りは簡単だ。地図で自分の居場所と方角を確認しながら超重力の谷の外まで穴を掘ればいい、軽量化魔法を維持する必要もないし、穿孔魔法で一気に掘ってしまおう。

 まったく、こんな毎回でもないが、頻繁に死ぬような目に遭ってて、なんでこんな依頼ばっかり受けるんだ俺は。

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