2-4
✔️
「二人とも、いいんだぞ? 無理して付き合わなくても」ランドローバーの運転席から、バックミラー越しにルシが言った。「今回のことは、お前らには関係ないんだからな」
リアシートの真ん中に座るミクが、スピード入りのガラスパイプの先端をターボライターであぶって答える。「別に無理してないよ。新しいショップがオープンするまでは暇だからさー」
「捕まって忙しくなっても知らないぞ?」
そんときはそんときだよー。なんでもないような調子でミクが言った。
「どうなっても知らないからな?」ルシが念を押す。
「ぶっちゃけあんたがいる限り大丈夫っしょ」パイプに充満させた煙をひゅっとミクは吸い込んだ。
「そうだといいがな。コウヘイ、お前は?」
「ぼくも、昼までは暇だし」
ミラー内のルシの目が車道側のぼくを捉える。「しつこいようだがお前、ほんとにそれだけの理由か?」
「……どういう意味?」
ルシが意味深に笑った。「はっきり言っとくがな、今回のことを書くのは『なし』だぞ」
「まさか。だってぼくの専門はエロなんだよ?」
けれどそれは図星だった。本当はぼくは今日のことを、いつか書こうと考えている──いや違う、それはうぬぼれた言い方だ。正確に言うと、書けるんじゃないのかと考えている。だからこそ死体を片すのも手伝ったのだ。
助手席の太一が振り返って手話で言った。助手席はシートの頭の部分を取り外してあるから、後部座席からも手の動きをちゃんと見ることができた。
(コウヘイくん、おいらのことだったらなんでも書いていいっすからね!)
「っていうか一体あんたの何を書くのよ」とすかさず手話を交えてミク。
(なんすかねえ)と太一。(Mなとことか?)
「そんなの誰も読みません」
(じゃあすっごいMなとことか?)
「一緒じゃんそれ」
わかった、考えとくよ太一。ぼくが言うと、んえ〜と言って太一は笑った。懐かしい紫色の『芋ジャー』を着ているせいか、一瞬中学生のように見える。てかわたしのことは絶対に書かないでよね、とすぐにミクが続け、大丈夫わかってるから、とぼくは答える──ふと、リアスペースの死体が気になってぼくは振り返った。拍子に右隣りの車線に滑り込んでこようとしているシャチの存在に気付く。「……ね、後ろからパトカー来るよ?」
そう言った瞬間だった。歩道側の窓にもたれかかっていたツバサがさっと顔を伏せ、真ん中のミクがパイプをハンカチに包んでブラジャーの間に素早く隠す。右端のぼくは真っ直ぐに前を向くと、可能な限りシートに深く沈み込んだ。必要以上に怪しまれないようにするためか、後部座席の窓には薄目のスモークしか張っていなかったからだ。
信号が青に変わり、ルシが言った。「いいか、もしも止められたらみんな寝たふりしとけ。おれがなんとかする。余計な口挟んだりするなよ」
ギアチェンジの音が聞こえ、車がゆっくりと発進する。もし仮に警察に捕まってしまった場合、果たして自分はどんな罪に問われるんだろうか。死体遺棄罪? 覚醒剤取締法違反? どっと湧いてきた後悔と恐怖がエンジンの振動によってみるみるうちに増幅されてゆく。やっぱり、ついて来るべきじゃなかったのだ──と、小さな咳払いが隣りから聞こえてきた。ミクだ。きっと今、ミクも同じことを考えてるに違いない。
けどそもそもの話、どうしてミクはついて来たのだろうか──にしても、くそっ。死体を生きている風に、シートに座らせるという案を押し通せばよかったのだ。ぼくはキモいから嫌だと言い張ったミクを無言のうちに罵倒した。重苦しい沈黙が急速に車内を満たし始める。その沈黙を一気に吸い込むかのようにして、「ほが〜っ」という太一のわざとらしいいびきがやにわに響き始めた。
「曲がったみたいだな」
サイドミラーを確認してルシが言った。と同時に前に身を乗りだしたミクが太一の弁髪を引っ張りながら、眉尻の五連のリングピアスをまとめてぎゅっと捻り上げる。いええええええっ! と今回は大げさでもなさそうな悲鳴を太一が上げる。ぼくは振り返ってパトカーがいないことを確認後、初めてほっとしながら窓を少しだけ下げ、ジーンズのポケットから取り出したマルボロメンソールライトに火をつけた。我ながら現金な話だけど、後悔と恐怖は跡形もなく消え失せていた。
「ほらツバサ、これでも吸ってしゃきっとしなさい、しゃきっとー」
一通り太一にお仕置きを加え終えたミクが、ブラジャーから取り出したガラスパイプとターボライターを、顔を伏せたままのツバサに向かって差し出した。ツバサは無言のままに顔を上げ、握りしめていたエビアンのペットボトルを膝で挟んだのちに受け取ると、パイプをライターであぶり、まるで水中で酸素でも貪るかのように、立て続けにスピードを吸った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます