第122話

  大団円

  一

「上野三郎太少佐は、復命を拒否した。この星に留まるという決意だった」

〈南蛮茶店〉の二階で、吉村中佐は男と机を間に向き合っている。相手の男はひょろ長い痩身で、猫の目のように光る瞳をしていた。

 狂弥斎……本名は甘粕清彦中尉。この惑星の政治状況を変化させるための先発工作員である。目下、甘粕中尉の任務は終了し、地球への帰還が待っている。

「そうですか……そんなことではないかと思っていたのですが、やはり少佐は、この星に留まるつもりなのですね」

 中佐は頷いた。

「息子の時太郎の成長を見守りたい、という理由だった。少佐のような情報部員は、任地で子供を儲けるような事情は断固として避ける規則だったのだが、相手の時姫は、それほど魅力的だったのかな?」

 中尉は首を横にした。

「そうではないでしょう。時姫と出会ったとき、少佐は河童の姿でした。普通の人間の女性なら、恋愛感情など抱くはずがありません。それなのに、両者間に交情が成立したのは、我々には理解できないほどの感情の交流があったものと思われます」

 それまで黙っていた松田玲子大尉が口を挟みこんだ。

「それより、この星の未来はどうなるのでしょう? 〈御門〉の消滅により、公卿階級は政治に介入する力を喪失し、今や、各地の豪族が我こそはと新たな動きを見せています。地球の歴史心理学部は必死に新たな数値パラメーターを入力して未来を算定しようとしていますが、不確定部分が余りに多く、正直なところ、音を上げているという状況ですわ」

 中佐は物思わしげな表情になる。

「わたしも判らん。が、〈御門〉は本当に消滅したのだろうか?」

 意外な中佐の言葉に、中尉と大尉は「えっ」と聞き返した。

 大尉は目を丸くした。

「どういうことです? 〈御門〉は確かにわたしたちの目の前で消滅したのですよ」

「そう、記憶装置に潜んだ〈御門〉だ! が、〈御門〉が予備記録バック・アップを用意していなかったと、どうして断言できるのだね?」

 大尉と中尉は粛然となった。中佐は宙を睨むように呟いた。

「〝大政奉還ルネッサンス〟があるのかな? この星に将来、維新レボリューションが起きて、王政復古の大号令が……」

 そこまで呟くと首を振り、立ち上がった。

「まあ、未来のことは誰にも判らん。それで良いのかもしれんな。とにかく〈御門〉は、いなくなった。この星も正常な発展の針路を辿ることになるだろう」

 中佐は晴々とした笑顔になった。それは重荷を下ろした人間の顔であった。

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