第109話

  三

 都大路は阿鼻叫喚の巷となっている。

 黒い雲の塊のような〈御門〉は、上総ノ介麾下の将だけでなく、たまたま通りかかった町民や、都大路に面した町屋にも容赦なく襲い掛かり、次々に累々と死体を残していった。

 轟っ──と、大風が大路を吹き渡っている。

 真っ黒な〈御門〉の姿は、その風に吹き散らかされそうになる。だが、奇妙に形は崩れていない。風によって千切れそうになると、急速に元の姿に戻っていく。

「おのれぇ……!」

 悔しさに藤四郎は歯噛みをする。

 どのような攻撃も〈御門〉には無駄であった。

 矢を放とうが、刀で切りかかろうが〈御門〉は平気であった。すべてを呑みこみ、近づく者を不思議な力で打ち倒した。

 はっ、と藤四郎は、ある思いつきに「そうじゃ!」と手をぽんと叩いた。急いで懐から移動行動電話ケータイを取り出すと、通話をかける。

「……上様っ! 藤四郎めで御座いますっ! はっ、唯今〈御門〉が攻めてまいり、将たちは、さんざんに殺られておりますっ! そうです、矢も刀も利きませぬっ! お願いで御座います。回回フイフイ砲をお使いくだされ!」

 移動行動電話から上総ノ介の「あい判った! 今より狙いをつけるっ!」の頼もしい声に、藤四郎は愁眉を開いた。

 ぐいと〈御門〉の方向へ身体を捻じ曲げると、持ち前の大音声で叫ぶ。

「皆の者! 唯今より上様が破槌城より回々砲で、あの〈御門〉の攻撃をなされるっ! 下がれ──っ!」

 それまで〈御門〉に対し、絶望的ともいえる攻撃を繰り返していた将たちは、その声にさっと散開して、遠巻きに取り巻いた。

 藤四郎は背後に見える破槌城を振り返った。

 大路から真っ直ぐ西に彌環びわ湖が広がり、湖面に泰然自若と破槌城が浮かんでいる。一瞬、城の水攻めかと思うような光景であったが、城に翩翻と翻る巨大な三角帆がその推測を裏切っていた。

 城の水攻めか──いつか試して見ても面白かろう……。藤四郎は唐突に、そんな計画を考えていた。

 城の前面に傀儡くぐつが数体、あたふたと動いている。えっちらおっちら回々砲を引き出し、ぎりぎりぎりと投石腕を引き戻す。

 一杯に引き絞った所で、がくんと腕が回転した。

 ぶーん、と音を立て巨大な丸石が宙を飛んだ。

 がしゃーん、と丸石は〈御門〉を跳び越え、御所の屋根の瓦を叩き壊した。藤四郎は急いで移動行動電話で報告した。

「上様っ、少し距離が長すぎますっ。もそっと手前で御座います!」

 がたんっ、ともう一度、ゆっくり回々砲の腕が旋回し、第二弾が飛来する。

 今度は、命中であった。

 巨大な一抱えもありそうな丸石が、もやもやとした〈御門〉の真ん中に命中する。

 ずばっ、と丸石は〈御門〉の真っ黒な身体を突き抜けた。その後に大きな穴が開く。

 ぐあ──っ!

〈御門〉は怒りの咆哮を上げる。

 しかし利いてはいない。ぽっかりと開いた穴は、すぐじわじわと塞がっていく。

 ぶーん、と音を立て次の丸石が飛来する。

 ざくりと丸石は〈御門〉の顔を貫く。

 すぐ元通りになる。

 のろのろと〈御門〉は破槌城に身体を向けていく。その視線が破槌城に注がれた。

 自分を攻撃している相手を、明確に認識したようだった。

 ぶわぶわと形を変え、黒雲は流れる塊になって、破槌城へと進んで行った。

 藤四郎は、ぞっとなった。

 上様が危ないっ!

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