第106話

  六

 苦楽魔の岸壁に巨大な天狗の顔が掘り込まれている。内部は空洞で、天儀台という施設があった。

 幾つもの金属の輪が組み合わさった太陽儀が部屋の中心でゆっくりと回っている。その太陽儀の動きを、大天狗が見つめていた。

 と、大天狗の横顔が、目に穿たれた窓からの光に照らされた。眩しい光に、大天狗はそちらに顔を向ける。

「水虎が……」

 大天狗は呟いた。大きな、まん丸の両目が細められる。

 どたどたという足音に、大天狗は振り向いた。昇降機エレベーターから部下の天狗が大慌てで飛び出してくる。

「大天狗さま! か、河童淵の水虎から妖しい光が!」

「判っている!」

 天狗たちの周章狼狽ぶりに、大天狗は煩そうに手を振った。窓を指さす。

「ここから良く見える」

「いったい何事が起きたのでしょう?」

 大天狗は頷いた。

 じっと水虎の方向から来る光を見つめる。

「なにやら信号のようじゃな……」

 天狗たちは身を乗り出して窓の外を覗き込み、同意した。

「成る程、ちかちかと瞬いておりますな。それに光の色も変化しております」

 その言葉どおり、水虎から放たれる光は瞬き、色を白、赤、青、黄色などの七色に目まぐるしく変化させていた。

 大天狗と天狗たちは、じっと光彩の変化を見つめている。その瞳が虚ろになる。

 ゆっくりと、大天狗は太陽儀を操作する操作盤に近づいた。

 指先が操作盤を動く。太陽儀の動きが止まった。

 すると、太陽儀全体がくるりと回転する。

 ごごごご……と低い音がして、天儀台の丸屋根が開き始めた。真ん中から二つに割れ、空が見えてくる。

 回転した太陽儀の裏側には、丸い金属製の皿が現れる。皿は数本の金属製の筒で支えられ、そのまま開いた丸屋根の上へと登っていく。

 大天狗は空を見上げた。そこに双つの月が昇っていた。太陽儀の裏側に現れた皿は、真っ直ぐ月を向いている。

 大天狗は我に帰った。驚きに叫ぶ。

「月が……!」

 双つの月は「合」の位置にあった。青い〝藍月〟と赤く見える〝紅月〟が重なり合う瞬間が近づいている。

 が、本来ぴったりと重なり合うはずの双つの月は、どこか面妖であった。

 大天狗は呟いた。

「藍月が、小さくなっている……」

 同じように我に帰っていた天狗たちは心配そうな声を上げる。

「ど、どういうことで御座いましょう?」

「考えられることは、一つ。藍月が遠ざかっているのだ。しかも紅月に近づいている。このままでは……」

「このままでは? いかがなるので?」

呂氏ロッシュの限界に近づくことになる。紅月の潮汐力が、藍月を引き裂く事態になるかもしれん」

 大天狗の呟きは呻きに近かった。

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