第103話

  三

 銀河帝国の首都「洛陽」市は人類の発祥地、地球にあり、その人口は軽く三億を越える。

 行政府の中心に位置するのは監察宇宙軍サーヴェイ・サービス本部で、緑に囲まれた皇居を守るように、その建物は聳えていた。

 が、上野三郎太少佐の勤務する情報部はひっそりとした一角にあり、普段は人の出入りもほとんどない。

 少佐は情報部の入口に立ち、じっと人物同定検査セキュリティ・チェックが終わるのを待っていた。宇宙軍の制服は着ておらず、平服である。目立たない背広に、帽子を目深に被っている。

 やっと検査に合格し、扉が開いた。

 人気の無い廊下を進み、指示された部屋へと向かう。

 扉を開けると、簡素な椅子がぽつんと置かれ、少佐を迎える。少佐はなんの躊躇いも無く椅子に腰掛け、楽な姿勢をとった。

 飾り気の無い壁が輝き始め、画面が展開して一人の男が姿を見せた。恰幅のいい体格で、宇宙軍の制服を着ている。襟章には大佐の階級が光っている。大佐は口を開いた。

「上野三郎太少佐だね? 早速だが、君にある任務を伝えることになる。この任務は、第一級の守秘義務があり、君には拒否する権利が与えられる。だが拒否した場合、ここで君が見聞きした記憶は消去される。判っているだろうが……」

 少佐は頷き、大佐の言葉を遮った。

「判っております。守秘義務のことも……」

 大佐は肩を竦めた。上官が話しかけているときに、それを遮るなど言語道断である。だが、情報部員エージェントにはそれくらいの自主性は認められているので、咎めることはできない。

 画面が切り替わり、宇宙空間から眺めた惑星の景観になった。真っ黒な背景に、青と緑に彩られた惑星。見かけは地球そっくりだが、人類の居住可能な惑星はみな同じに見える。

 大佐の声が聞こえてくる。

「この惑星は一世紀前に再発見されたいわゆる〝失われた殖民星ロスト・コロニー〟だ。殖民が行われたのは、それより五百年前のことになる」

 少佐は身を乗り出した。

「というと……つまり」

「そうだ! 例の分離独立主義者アナーキストが起こした銀河大戦の最中に出発した殖民船の一つだ。当時は戦乱の混乱で、帝国政府に無許可で出発した殖民船は数十隻に上ると考えられている。そのほとんどは地球の支援を受けられず消滅したが、この星は奇跡的にも生き残った。しかし、実に奇妙な発展をしたことが判明した。これを見て欲しい」

 次の画面に少佐は呆れて首を振った。

 粗末な造りの家々が立ち並ぶ中を、一人の人物が歩いている。和服を着て、足下がすぼまった袴を穿き、帯に二本の刀を差していた。その人物は月代を剃り、丁髷を結っている。

 少佐は、おずおずと口を開いた。

「これは武士といわれる階級の装束ではないでしょうか? 日本の中世にあたる……」

「その通り、驚くことに、この惑星は日本の中世を忠実に模した社会を現出させている。それに、これを見ろ!」

 画面を見つめた少佐は、思わず立ち上がろうとした自分の衝動を抑えるのに必死だった。

 驚きに口許がぽかりと開く。

「これは……何です?」

 大佐の声に笑いが混じる。少佐の驚きを楽しんでいるようだ。

 現れたのは、ひょろりとした姿の頭に皿、背中に甲羅、しかも手足にははっきりと水掻きがある生き物だった。

「河童だよ。童話や民話に登場する想像上の生き物だ。そして、これも……」

 次に示されたのは、天狗であった。突き出した鼻、一本歯の下駄を履き、背中には羽根が生えている。

「他にも想像上の生き物が、この星にはわんさか存在している。どうやら殖民計画を立案した連中は、遺伝子改変の禁止事項に頓着しなかったらしいな」

 椅子の上で少佐はぴくりとも動かない。黙って大佐の説明の続きに耳を傾ける。

「この星の殖民計画は、最初から捻じ曲げられている! 想像上の生き物を再現することも勿論だが、計画の初期から一人の人間が殖民星を我が物にするつもりでいたようだ。そのため、船の記憶装置メモリー・バンクに自分の人格を転写させ、殖民が始まると同時に目覚め、密かに星を支配している。現地では〈御門〉と呼ばせているらしいがね」

 少佐はゆっくりと頷いた。

「成る程……。殖民計画には、よくある話です。誰でも例外なく自分だけの楽園パラダイスを持ちたがる。しかし記憶装置に自ら埋没するという手段は初耳ですね。それで、わたくしの役目は?」

「殖民船には、どれも帝国科学院により、安全装置セイフティ・コントライバンスが組み込まれている。一人の……あるいは少数の不法な独裁を防ぐためのものだが、幅広い冗長性が与えられ、独自の判断で機構を構成することができるようになっている。この星の場合、それは先ほど見せた河童や、天狗に組み込まれていた。しかし船を支配する擬似人格は、それらの安全機構を無力化している。なんとか〈御門〉の支配力を無効にし、殖民船から引き離さなければならない。前段階として、この星の地方豪族に働きかけ、社会の段階を強制的に中世から近世へと発展させる工作が実行中だ」

 少佐は腕組みをして、首を横に振った。

「しかし……それは禁じられているのでは? 殖民惑星への政治干渉にあたりますが」

 画面に再び大佐が現れた。顔には苦渋の表情が見える。

「そうだ。この工作を惑星開発局の連中が知ったら、黙ってはいないだろう。しかし〈御門〉と呼ばれる独裁者が殖民星を勝手にしている現状も、決して許されることではない。だから工作は秘密に行われなければならないのだ。先発の工作員には〝火付け〟の役目を負っている。君には〝火消し〟の役をして貰いたい」

 少佐の声に、皮肉が混じる。

火付マッチけと火消ポンプし、というわけですな。火消しとなって現地に溶け込む任務は、自らの記憶を封印し、完全に現地人に成り切る必要がある……」

 そこで少佐の言葉は跡絶えた。再び口を開いたとき、口調は切迫していた。

「ちょっと待ってください! さっき安全機構は河童という生き物が負っていると説明されましたよね?」

 大佐の目が光った。

「そうだ、君は現地で河童となって生活しなければならない」

 にやりと笑いかけて言い添える。

「河童に変身しなければならないが、生殖腺には手をつけんから心配するな!」

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