第92話
二
「上総ノ介の戦支度じゃ!」
「都大路に多数の二輪車が集合しておる!」
「上総ノ介は御所を占領してしまう!」
緒方上総ノ介の二輪車揃えは京の公卿たちに衝撃を与えていた。
御所では公卿たちが額を集めて根比べのように延々と
「落ち着け! 慌てては、彼奴等の思う壺に嵌ってしまうぞ!」
その中で藤原義明はさらなる大声で叱り付けたが、義明自身が額からびっしりと汗を掻き、おろおろと右往左往しているだけである。
夜が近づき、御所のあちこちには非常事態に備え、篝火が焚かれ、煌々と辺りを照らしている。
と、義明の懐から「ぶぶぶ」という移動行動電話の震動音。
「なんじゃ、このような時に……」
ぶつぶつ呟きながら義明は移動行動電話を取り上げ、画面を覗き込んだ。
電子矢文を読む。
「時姫の息子、時太郎。京の信太屋敷に」
と、簡潔な文面である。
添付された画像を目にした義明の目が大きく見開かれた。
「時姫の息子──」
はっ、と顔を上げる。
「そうか!」
叫ぶと、急ぎ足になって会議を抜け出し、御所の角々で立哨している検非違使に近づいた。
「これ、そのほう……」
義明の呼びかけに検非違使はぐいっと顔を向けた。
奇怪な面を被っている。面の双つの目がぐりぐりと動いて義明の動きを追っている。その異様な姿に義明は一瞬、たじろいだが、それでもごくりと唾を飲み込み、話しかけた。
「これを見てたもれ」
義明は画面をしめした。検非違使は無言で画面に見入った。
「この小僧を連行せよ! 名前は、時太郎。信太屋敷に現れた。よいか、この小僧が時姫の息子なのじゃ。こ奴を召し取れば、時姫に〈御門〉が欲しがるものを差し出すことができるかもしれぬ。これは〈御門〉のご命令であるぞ!」
検非違使は頷き、身動きした。
くるりと背を向け、立ち去っていく。どういう連絡があったのか、その検非違使の周りに他の検非違使たちが続々と集合し、無言のまま移動していった。
〈御門〉の命令というのが効いたのだ。それ以外では、検非違使は公卿の命令に従うことは、まず絶対ない。
検非違使を見送った義明は大股にその場を離れ、ある場所を目指していた。
行き先は、時姫の囚われている牢である。
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