第84話

南蛮人

 京には東西南北、四方に門があり、北から玄武門、東の青竜門、南の朱雀門、および西の白虎門となる。その西にある白虎門の近くに、知る人ぞ知る通称「南蛮茶店」と呼ばれる店があった。大通りからは引っ込んでいる場所にあるので、よほどこの辺りに詳しくないと辿り着けない。

 建物は二階建てで、一階が茶店になっている。内部は「南蛮茶店」と言われるだけあって、卓と椅子の南蛮方式の茶店で、給仕の娘は南蛮風の芽衣度メイド姿になっている。出されるのは珈琲、紅茶、それに南蛮の酒である葡萄酒ワイン火酒ウオトカなどが供される。注文すれば食事も頼め、まずは数奇者たちにとって話題に事欠かない店であった。

 店構えが南蛮風ということもあったが、この店が「南蛮茶店」と呼ばれるのは、この店の二階を訪ねて、しげしげと南蛮人が姿を現すからだった。二階は南蛮人たちにとって特別な場所らしく、南蛮人以外は立ち入りを禁じられている。

 ある時、好奇心の強い調子者が、店の者の反対を押し切り、無理やり二階に上がろうとしたことがあった。が、階段を上がるとなんと、その階段が勝手に下がり始め、いくら早足で駆け上ろうとしても元に戻されてしまった。

 その調子者は、それでも手すりにしがみついて、なんとか階上へ登りついたが、その時何かが起きて、階段を転げ落ちてしまった。何があったか、当の本人に聞いても埒があかず、以来ずっと、誰も二階へと上がろうとはしなくなった。

 店へその南蛮人が姿を表したのは、開店して程なくの、まだ朝の早い時間であった。店には朝早くの客に供される早朝定食モーニングを目当てに来店者が卓について、半分ほどの入りである。

 からん、と店の扉に取り付けられた土鈴が鳴って来客を報せる。その音に、白い南蛮前掛エプロンけを身につけた給仕の娘が元気良く「いらっしゃいまし!」の声を上げた。

 が、姿を表した客に、娘は思わず立ち止まり頬を赤くした。

 南蛮人である。しかも女だ。

 意外な来客を見て、店のざわめきがぴたりと止まった。客たちは好奇の視線を南蛮人の女に送っている。

 伽羅シルク南蛮服ドレスに膨らんだ垂下穿スカートき、黒い革靴の女は、眉間に皺を寄せ、険しい表情で立っている。

 背が高く、五尺五寸はありそうだ。細面で、流れるような金髪が背中にかぶさり、抜けるような白い肌に、青い目をしていた。

 女は給仕の娘に短く声を掛けた。

「二階へ向かいます。よろしいですね?」

 切り口上のような口調に、給仕の娘は慌てて頷いた。南蛮人の女は返事を待たず、さっさと階段を登っていく。

 かつ、かつと女の革靴の底が鋭い連打音スタッカートを立てて登っていく。

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