第80話

  三

「凄え……」

 戦いを見守っていた時太郎は、思わず賛嘆の声を上げていた。

 どちらも一歩も引かず、逃げず、ひたすら延々と殴り合いを続けている。

「どうなっちゃうの?」

 お花が心細そうな声を上げる。五郎狸も首を振っている。

「芝右衛門殿のお考えは判りませぬ。何を狙っているのか……」

 やがて頃合良しと見たのか、芝右衛門は殴りあう二匹の間に割って入り叫んだ。

「一本終了! 勝負は引き分けといたす。あと二本の勝負が残って御座る。まずは、休憩を取られよ」

 肩を泳がせ、喘いでいた刑部狸とおみつ御前は、芝右衛門の言葉に救われた様に溜息をつき、のろのろとお互いの狸たちの群れに帰っていった。

 どたり、と尻を地面につき座り込む。わっとばかりに配下の狸が群がり、お互いの首領の肩を揉むやら、団扇で扇ぐやら大騒ぎである。

 と、芝右衛門がちょこちょこと五郎狸に近づき、何か飲み物の容器を手渡し、その耳に、こそこそと囁いた。

 五郎狸は目を瞠った。ぽかんと口を開け、芝右衛門を見上げる。芝右衛門は悪戯っぽい顔つきになって頷いた。

 五郎狸は激しく頷き、容器を抱えおみつ御前に近づいた。

 その容器の蓋を取り、おみつ御前に飲ませている。時太郎が刑部狸を見ると、芝右衛門もまた、同じ容器の蓋を開け、中身を刑部狸に飲ませている。

 お互い喉が乾いていたのか、ごくごくと中身を飲み干していた。

 芝右衛門は再び双方の中間に立ち、宣言した。

「第二回目の勝負を始めまする……お互い、思い残しの無いよう、健闘を祈りまする」

 芝右衛門がさっと手を上げると、唸り声を発し、刑部狸とおみつ御前は立ち上がった。

 相当に疲れているのか、ふらふらと上体が泳いでいる。

 よろよろと近づくと、がっきとばかりにお互いの身体を抱きしめるように組み合った。

「まだやるの? こんなの、止めればいいのに……」

「まあ、見ていて御座れ」

 お花の呟きに、何時の間に戻ったのか、五郎狸が目じりに皺を寄せ、含み笑いを浮かべている。時太郎は首をかしげた。

「どういうこと?」

「芝右衛門殿の計略で御座るよ」

 五郎狸は楽しそうに答える。

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