第56話

  二

 控えの間で、上総ノ介は怒りを抑えかねていた。破槌城であれば、思い切り怒鳴り散らし鬱憤を晴らすところであったが、御所ではそれも叶わず怒りは沈殿した。

現在、上総ノ介の執着している問題は〈御門〉への謁見であった。謁見が実現しなくては、征夷大将軍宣下がうまくいかないことは、京に来て判ったことである。そのため、御所の公卿、および関白を動かしているのだが、進展は一向にはかばかしくない。

 上総ノ介の天下統一は目の前に来ている。武力的には、上総ノ介の圧倒であったが、諸国の領主はそれだけでは畏服しない。全国に号令するためには、征夷大将軍宣下が是非とも必要であり、そのための謁見であった。

 控えの間に木本藤四郎が平伏している。上総ノ介はまなじりを決し、きっと藤四郎を睨んで叫んだ。

「鼠っ! なにか知恵は思いつかぬか? あの腐れ禰宜ねぎどもを、ずってんどうと、高転びにすっ転ばせる方策じゃ!」

 藤四郎はゆっくりと顔を上げた。

「殿……ひと言、申し上げて宜しうございますか?」

「ん?」

 藤四郎の口調に上総ノ介は、怪訝そうに振り向いた。

「何かあるのか?」

「知恵……と言うほどではござりませぬが、拙者ふと殿のわらべのころのことを思い出してござります。殿はお若い頃、周りの者が眉を顰めるほどの悪童でござりましたような」

 上総ノ介は「ふっ」と笑った。

「何を言い出すかと思うと、そのようなたわけたこと……」

「殿は童の頃、近所の子供を引き連れ、合戦じゃと仰せになっては、村単位で喧嘩をなされました。その頃のことを思い出してござります。今の状態は、いわば子供の喧嘩のようなもの……子供の喧嘩の最初は……」

 上総ノ介に、うずうずと笑いがこみ上げる。

「そうか! 子供の喧嘩か! 鼠っ、そちの言う通りじゃ。ちと、くそ真面目に考えすぎておったようじゃ……」

 真顔になり、藤四郎に向き直った。

「藤四郎、この京に現在いる直属の士分以上の配下は今、何名じゃ?」

「百名ほどでございましょうか?」というのが、藤四郎の答であった。

 上総ノ介は頷き、どすんと腰を下ろした。

二輪車うま揃えじゃ! 我らの軍事力を大いに公卿どもに見せてやり、肝をひしぎさせてやろうぞ! 全員、自慢の二輪車を持って、御所前に集まるよう手配いたせ!」

 藤四郎は、ほくほく顔になった。

「きゃつらの驚く顔が見えるようでござりまするな。そうじゃ、上様! 傀儡くぐつも加えてはいかがでござりましょう?」

 上総ノ介は「ぱん!」と手を叩いた。

「それじゃ! 破槌城から傀儡どもも呼び寄せよ! そうじゃ、確か公卿どもは御所の塀の崩れを修理してほしいと、ほざいておったな、その修理にかこつけて呼べばよい」

 藤四郎はいったん、平伏して立ち上がると、急ぎ準備に立ち上がって控えの間を出て行った。

 それを見送り、上総ノ介は空を見上げた。

〈御舟〉の姿が空を切り裂くように聳えている。見上げる上総ノ介の表情は、不審なものとなっている。

「それにしても、つくづく妙じゃ……。公卿どもら、なぜあのように頑なな態度をとるのじゃろう? いったい、〈御門〉とはなんじゃ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます