第86話 ファンホウ・リリード
「あのぉ」
「ひぃっ! ご、ごごごめんなさい! 次は! 次はちゃんと歌いますからぁ!」
「いや、だから」
「ああでもやっぱり怖いぃ! だってだって、あんなにたくさんの人がいるんだもおん! やっぱむぅぅりぃぃぃ~っ!」
「アカン……弱気過ぎるやっちゃで」
「とても綺麗な歌声でしたのに……もったいないですぅ」
ビーもカヤちゃんも残念がっている。かくいう俺ももっと聞いてみたいという欲はある。
「……はぁ。ちょっとファンホウ」
「うぅ……まだ人いるぅぅ」
「ちょっと聞きなさい、ファンホウ」
「気配がぁ……気配がいっぱいだよぉぉぉ」
「…………すぅぅぅ。――ファンホウッ!」
「ひぃぃぃっ!?」
ファンホウというのが名前のようだが……。
彼女は怯えながらも夏加の姿を見て、
「え、あ、ナ、ナツカ……しゃま?」
どことなくホッとしたような顔つきをした。
「まったく、アンタはまだその癖治らないんだね」
「す、すみません……」
「なあ夏加、名前で呼び合うくらいの知り合いだったのか?」
「ひぃっ! 人がいっぱい!?」
そこで俺やカヤちゃんたちのことに気づいたのかまたビビり始めた。
呆れながらも夏加が説明してくれる。
「この子が初めてこの国来た時に、ずっと路地裏で震えてたから声をかけたのよ」
そこで最初は夏加にも怯えて逃げていたらしいが、夏加も気になり何度も声をかけて対面で会話をすることができるようになったという。
「この子はファンホウ・リリード。あたしの友達よ」
「しょ、しょんな! ナツカ様と友達なんて恐れ多いですぅ!」
まあ相手は国軍のトップクラスに位置するんだからその気持ちは分からないでもない。
「もうちゃんと聞きなさいファンホウ。こっちのも紹介するから」
「は、はひ」
「こっちの三人は客将として城に仕えてるボータ・シラキリ、カヤ、ビコウよ」
「「「よろしく~」」」
「こ、こちらこそよろしくお願いします……」
と言いつつキョロキョロと目線を泳がせている。本当に人の視線が苦手のようだ。
「なあファンホウちゃんだっけ」
「ひっ! お、お、男の人がファンホウに話しかけてきた……ど、どどどうしよう。変なこと言っちゃうと路地裏に連れて行かれてそのまま食べられちゃうんだぁ」
「いやしないから! ちょっ、三人もそんな目で俺を見ないでくれ!」
何ていうことを言うのか。お陰で三人がじとーと俺を見つめてきているし。
「ご、ごごごごめんなさい! だからおいしく頂かないでぇぇぇっ!」
「いやだから食べないから! 無理矢理女の子を傷つけたりしないからぁ!」
「……ほ、ほんと……?」
「もちろんだって。俺は女の子の味方だし」
「…………た、食べないなら……はい」
ふぅ、どうやら少しは信じてくれたようだ。だから三人とも、そのジト目は止めて。
「えっと、ファンホウちゃんは何で他人の視線が怖いの?」
「うぅ……や、やっぱり変ですよね」
「別に変じゃないよ」
「ふぇ? ……変じゃない?」
「ああ、だって誰にだって苦手なもんあるだろ? 俺だって結構あるしな。絶叫系の乗り物は嫌いだし、絵を描くのも苦手だし、虫もできる限りノーサンキューだしな」
「あ……そうなんだぁ」
「そうそう、だから別にファンホウちゃんだけが特別変ってわけじゃねぇよ」
「ま、ちょっち過剰反応し過ぎやと思うけどな」
「ふえぇぇぇんっ! やっぱりファンホウはダメダメな奴なんだぁぁぁ!」
また顔を隠して喚き始めた。
「おいこらビー、せっかく宥めてたのに台無しじゃねぇか」
「はは、こら失敗してもうたわ」
「ったく。なあファンホウちゃん」
「……何……です?」
「ファンホウちゃんって視線が苦手というより、極度の人見知りなだけだろ?」
「! ……そうなの?」
「そうそう。あ、敬語使うの慣れてなかったら別に使わなくていいぞ」
「え、でも」
「いいからいいから。フレンドリーにいこう」
「…………ありがと。……でもさっきの」
「? ああ、人見知りってこと? そう、視線恐怖症って聞いてたけど、どうもこうやって話してると、徐々にマシになってきてるし、多分極度の人見知りって見解で合ってると思う」
だがそこへ夏加が割って入ってくる。
「でも望太、この子はいつも聞きに来てくれる客にもビビッてるわよ」
「それはまあ、いつもそこにいるだけで話してるわけじゃねぇからな。多分ファンホウちゃんは、人となりが分からないから怖いんじゃねぇの?」
「う……そう、なのかな?」
「だってほら、もう俺と目を合わせられてるじゃん」
「! はぅぅぅ~! ご、ごめんなさい! こんな醜い女が目なんか合わせてしまってぇぇぇ!」
「……どうやら超ネガティブ思考でもあるみてぇだな」
ハッキリ言って超めんどくさい奴ってとこだよな。
「そういえばあたしの時も、最初はダメだったけど話してると普通に目を合わせられるようになったわね。なるほど、人見知りか」
夏加の時もそうだというなら益々見解は的を射ているというわけだ。
「まあ俺らが夏加の知り合いってことも理由には含まれてると思うけどな。そうだ、ファンホウちゃん」
「な、なぁに?」
「さっきの歌、すっげぇ良かったぞ。思わず聞き惚れちまった」
「ふぇ? ほ、ほほほ惚れ!? こ、告白なのぉ!?」
「そ、そうなんですかボータさん!?」
そこでカヤちゃんがノッてしまうのはどうだろうか……あれ? マジな顔だ。もしかして純粋に告白だって信じてる?
「いや、告白じゃねぇし」
「あ……そう、だよね。ファンホウみたいなダメダメ人間を好きになるような人なんていないよね。はは、分かってたよ」
本当に鬱陶しい性格をしているみたいだ。
「あんまり自分のことをダメとか言うもんじゃねぇぞ、ファンホウちゃん」
「?」
「少なくともファンホウちゃんには人々を魅了する歌声があるじゃん。それに見た目も可愛いし」
「か、かわ……っ」
「きっともっと笑顔で歌えたら、ファンホウちゃんの虜になる人は増えると思う。だって俺もうファンホウちゃんの歌の虜だしな!」
「と、ととと虜ぉ!?」
「そうそう。なあカヤちゃんたちもそうだよな……って、何その変態を見るような目?」
何故か三人ともが冷たい目を俺に向けていた。
「ボータさん、まだこんな小さな女の子なのに……」
「はぁ、まさかボーやんがロリコンやったとは。信じとったのに残念や」
「最低ね。クズね。ゴミ虫ね」
「ちょぉ! 何その謂れなき評価!? ロリコンじゃねぇし! それと夏加は酷過ぎるぅ!」
「そ、そうだよぉ! ファンホウは子供なんかじゃないもん! こう見えても十六歳だよぉ!」
「「「「え?」」」」
ファンホウちゃんの言葉に、思わず俺も他の三人と一緒に唖然として声を上げてしまった。
「じゅ、十六? ファンホウ、アンタ背伸びしたいのは分かるけど、嘘はダメよ?」
「ち、違いますよぉ、ナツカ様! ほ、ほんとに十六ですからぁ!」
見た目が十二歳くらい、下手をすればそれ以下に見えるのに……。
ただ彼女がこんな場所で嘘を言うとは思えないし、今も「うぅ~」と分かってもらえない悲しさからか上目遣いで俺らを見つめている。この可愛さはつい抱きしめたい衝動にかられるほどだった。
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