第84話 真夜中の対話

「まあ、アンタが心配してる理由は分かってる。異世界人だって認めたら、いろいろ面倒だもんね。特に中央に知られたら必ず目をつけられるし、下手すりゃ無理矢理連れ去られたりするらしいし。だからあたしたちが異世界人だって知ってるのも、この国じゃ上層部だけよ」



 それでも世間に噂が流れているということは、人の口に戸は立てられないということ。



「だからアンタのことはここだけの秘密。もちろんユリシス様にも言わないわ」

「むぅ、不敬罪に当たるやもしれぬが、我らと同じ瞳を持つ者を守るのも我が使命でもある。だから心配は必要あるまい」

「あーそこまで言質を取りたいということ?」

「別に確信はあるわよ。けど言葉するかしないかで、最終的な信頼度って変わってくると思うのよ」



 それは確かにそうだろう。隠し事をしている相手を心の底から信頼するのは俺も怖いしできない。



「なら夏加も隠し事なんかしないで何でも教えてくれるってこと?」

「常識の範囲なら別に」

「ふぅん、なら年齢は?」

「十六。アニキは一つ上」

「同い年と先輩か。じゃあいつ召喚されたの?」

「四ヵ月くらい前ね」

「結構最近なのか。じゃあスリーサイズは?」

「上から81・58って何言わせんのよぉっ!」



 顔を真っ赤にして枕を投げてきたので、俺の顔に当たってしまった。



「い、いや、何でも答えてくれるって言ったし」

「常識の範囲って言ったでしょ、バカ!」

「ふむ、しかし81もあったのか、成長したな妹よ」

「アニキは黙れ、殺すわよ?」

「そ、そうだぞ望太! 女性に失礼なことを言ってはダメだ!」

「アニキに言ってんのよ。あとで金玉蹴り上げるから」

「! ……ぼ、望太ぁぁ」



 そんな泣きそうな目で見つめないでほしい。妹からのありがたい折檻なんだから甘んじて受けてくれ。不能にならないようにだけは祈っておくから。



 あと美少女の「金玉」という言葉頂きました。ちょっとドキッとしました。



「とりあえずスリーサイズ、というかツーサイズを教えてくれた対価として俺も少しだけ隠し事を教えるよ……だからそんな怖い顔を睨まないで」



 お茶らけた感じで場が和むと思って言ったのに失敗だったようだ。この子には数字的なアレはダメらしい。81……立派だと思うんだけどなぁ。



「ならさっさと答えなさいよ。アンタはどこ出身なの?」

「はぁ……東京だよ。《藍咲学園》っていうとこに通ってた高二」

「《藍咲》!? それって結構な進学校じゃない! 偏差値もそこそこ高いって聞いてるわ」

「うむ。我々がこの身を所属させていた《富士丘学園》と並んで、なかなか勇名が轟いていたな」

「へぇ、二人は《富士丘》に通ってたのか。結構近かったんだな」



 ナツカの言う通り、俺が通ってた《藍咲》は大学進学率も高い進学校だ。親がどうしても行けと言うので仕方なく高校受験をして入ったのである。



 《富士丘》も確かに名は通っているが、ベクトルは学力ではなくスポーツの方面だ。野球やサッカーだけでなく、剣道や柔道などもほとんどの部活が全国区であり、優勝も何度か経験しているほどの強豪校である。



 聞けば二人はスカウトされて《富士丘》に入学したという。相当に二人とも運動神経が良いようだ。妹の方は《藍咲》でも十分に通じるほど頭の回転は早そうではあるが。



「アンタはいつこっちに来たの?」

「大体一ヵ月前かな」

「北から来たのよね?」

「あれ? シャレ?」

「へ? ……違うわよ」



 また睨まれました。〝北〟と〝来た〟をかけたような感じになったから言ってみただけなのに。



「北に召喚できるような設備を持った国なんてあるとは思わなかったわ」

「設備?」

「知らないの? 召喚には大量の魔力だけじゃなくて召喚の術式と、精霊が多く集まる環境が必要なのよ。今のところそれが整ってるって言われてる場所は、こことあと二つくらいなんだけど、北にはそういったところは無いって聞いてたのよ」



 さて、どうしたものか。俺も真っ直ぐ北の【冥ヶ山】へ召喚されたわけではない。



 桃爺曰く、俺が【ファイル―ン王国】の城にあった転移陣が誤作動を起こした結果だということらしいが。

 それを言うと【ファイル―ン】が召喚を行った事実が彼女たちに知られる。



 俺は別に構わないが、そうなると親友二人が面倒を被ることにもなりかねない。



 あのイケメン京夜が多少苦労したところで鼻で笑うくらいだが、さすがに女の子である織花を困らせるのは躊躇される。



「そうだな。俺は気づいたら北の大陸のある山にいたんだよ。その時に拾ってくれた人がいて、その人にいろいろこの世界のことを聞いたわけ。ちなみに召喚したのは、その人じゃないぞ」

「ふぅん。いわゆる召喚じゃなくてトリップってやつかな。どう思う、アニキ」

「つまり我が友、言の葉を紡ぐ者はこの地に住まう者たちに呼ばれたのではなく、偶然に出現した時空の歪みによって来訪したというわけだろうな。そういう小説もあるし」



 最後の言葉は厨二的ではなかった。ただ異世界トリップだと勘違いしてくれたようで良かった良かった。



「んじゃ、望太みたいなトリップ野郎もどこかにいるかもね」

「その言い方は止めてくれ。何だか薬をキメちゃってる奴っぽいじゃんか」

「まあそんなことはいいとして、教えてくれてありがとね望太」

「ま、ツーサイズ聞いたしね……ってあいたたた、脇腹抓るの止めて! 地味に痛い!」

「ったく、しつこい奴は嫌われるわよ?」

「ごめんなさい……」

「フハハハハ! そうだぞ我が友望太よ! 純潔の乙女の扱いには慎重をきさねばならぬぞ!」

「アニキにも言ってるんだけど?」

「う……うむ」



 どうやら俺たち二人、ナツカには勝てそうもなかった。



「あ、そうだ。これからアンタはあたしの下についていろいろ動いてもらうから」

「あー別にいいけど、具体的に何すりゃいいの?」

「兵士の調練とか街の視察。ほら、この世界って文化レベル低いでしょ? だからその改善案とか考えて文官やユリシス様に懸案するのよ」

「フフフ、まあ我らは思考の海に身を沈めることを得意としていない。故に懸案事項があったとしても上手く実現できぬのが難点なのだ」



 難しいことを言っているように聞こえるが、要は頭が悪いから日本で培った技術をハッキリと説明することができずに街で再現できずにいるということらしい。



「ナツカは頭が良いと思うんだけど」



 ここまで俺をハメるようなことを考えついて実行するのだから、何も考えないようなタイプではないと思った。



「あたし成績悪いし。まあ他人の思考を読んだりするのは得意な方だけど」



 科学とか数学とか勉強などは苦手でビックリするくらい成績も良くないという。だからこそスポーツ推薦で学校を選んだのだろう。



「街は見た?」

「全部はまだ。ただ活気があまりねぇなって思ったけど。確か〝芸術大国〟って呼ばれてんだよな。その割には、基本的に物静かだなって」

「ああ、やっぱそれ思うよね」

「我の魂もこの国に来て最初に感じたことだしな」



 二人も同じように思っていたようだ。



「でもね、それも無理ないのよ」

「? どういうこと?」

「あたしたちが来る前に結構な戦があったらしくてさ、その被害を受けた難民をユリシス様が請け負ったんだけど……」

「難民を? 大国とはいえ余裕なんてあるのか?」

「想像以上の数の民を受け入れたことで、財政がいきなり圧迫したらしくてね。それまで芸術家を育成するために王直々が先行投資として寄付していて、芸術に力を注いでたんだけど、そこまで手が回らなくなったのよ」

「芸術に回していた余裕を、民の生活へ回したせいで、芸術家たちが思う存分仕事ができなくなった?」

「腕のある芸術家はともかく、卵たちや鳴かず飛ばずの奴らは日々の生活を送ることに必死にならざるを得なくなったのよ」



 聞けば、この国に住む民で芸術家を目指す者には国から補助金が与えられるという。だが度重なる戦や、先の大戦のせいで補助金に回す余裕がなくなったという。



 それまで補助金のお陰で生活していた者たちは、一気に暮らしがきつくなり、芸術に勤しむ時間を、安定した仕事に注ぎ生活費を稼ぐ必要が出てきた。



「先行投資っていえば聞こえはいいけど、それで成功する人なんて極僅かのはず。よくそんな制度を作ったもんだなぁ」

「そうね。けどそれがこの国の売りでもあるし、何よりユリシス様は芸術を愛しているのよ。絵画や音楽だけじゃなく、クリエイティブなことに尊敬すらしてるわ」

「まあ戦ばかりの冷たい国じゃそのうち限界がくるしな。民にとって娯楽に繋がるような心温まる何かを創造するための施策としては理に適ってる。けどやり過ぎは逆効果だよ。すべての芸術家を目指す者たちを応援したいって気持ちも分からないでもないけど、国を運営するなら、せめてオーディションのような選択制を実施すべきだと思う」



 そこで将来性を感じた者たちのみに補助金を与える制度にすれば、国だってそうそう財政は傾かないだろう。



 また戦のせいで補助金が一切与えられないっていう事実に、民は絶望を感じないと思う。



「んー確かにアンタの言った通り、その方が為政者としては正しいんだろうね」

「だが我が至高の王は望む者すべてに救いの手を差し伸べたいと言う」



 まあ、夢を追う者たちにとっては頼もしい限りなのだろうが、そのせいで財政が破綻するようでは見直しが必要だろう。



「できればまた活気のある街に戻したいっていうのがユリシス様の願いなんだよね。それで何かある?」

「何か……か。芸術の国なんだから、やっぱりその方向で国を盛り上げる方が良いとは思うかな」

「そう、だよね。最近ここらでは賊の存在も発見しないし、今のうちに内政に力を入れたいのよ」

「そうだなぁ。でもまずは活気うんぬんより、街の治安を高めた方が良いと思うけど」

「治安? そんなに悪くないと思うんだけど」

「まあ、そこまで荒れてるってわけじゃないけど、王のお膝元で窃盗事件が起きるのは見過ごせないでしょ」

「うむ、言の葉を紡ぐ者の言う通り。ならばどうすればいいのだろうか?」

「まずは区画整理をして、それぞれの区に詰所を設置した方が良い」



 簡単にいうと、エリアごとに住宅、店、公共施設などに分けて、それぞれに交番を設置するようなものだ。



 そうすることで事件があればすぐに警備兵が駆けつけられるし、治安改正として上々だと思う。



「んーでも区画整理する必要なんてあるの?」

「初めて来る人が迷わずに目的地へ辿り着けるし、案内もしやすくなるだろ? それに整理された街ってのはそれだけで高評価を得られるし、この街に住もうと考える者たちが増える」

「え? 今は住民の多さで四苦八苦してるんだけど……」

「民が増えればここにやってくる商人も増える。そうすれば流通が活性化して、自然と民たちに活気が増えていく。また商人たちには商売の権利として税を徴収すれば金だって何とかなるだろ? それに観光地としても名声を高めれば、そこには目の肥えた投資家だっているかもしれない。そんな人たちに将来性のある芸術家を合わせてサポートさせるのも補助金が浮いていいだろ」

「なるほど。民が増えたらよりきつくなると思ったけど、逆にそれを利用すればいいってことね!」

「おお、素晴らしいぞ我が友! さすがは深淵の智将!」



 止めてくれ。そんな二つ名は結構だ。



「まあでも今は理想図でしかないし、そこに至るには結構辛い時間がある。でもやる価値はあると思うぞ」

「分かったわ。明日の朝にさっそくユリシス様に懸案してみる!」



 こうして甘い夜を期待していた俺は、若干残念気分を抱えつつ静かに自室へ帰り今後の忙しさを考えながら床についたのであった。




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