第65話 救出へ
――翌日。
広場には昨日から急ピッチで処刑台が設置され物々しい雰囲気を醸し出していた。
三十メートル四方の金網の壁に囲まれた中に舞台が置かれ、その上にはギロチンが用意されている。金網の中も外にも、多くの兵士が睨みを利かせながら立つ。
まだ王やグレイクの姿は見えない。
処刑時刻は三時間後と予定されており、その周りにはすでに多くの野次馬たちが集っていた。
俺はその光景を少し離れた建物の影からそっと確認している。
「おーおー、まるで祭りだなこりゃ」
「ふ、不謹慎ですよぉ、ボータさん!」
「ナハハ、悪い悪いカヤちゃん。でもこれだけ人が集まると壮観だよな」
「それは確かに……ああ、グレイクさんは無事でしょうか」
「なぁに、少し前までカヤちゃんが確認した時はピンピンしてたんだろ? なら大丈夫だって」
「それならいいんですけどぉ」
都合三回、カヤちゃんには危険を押してグレイクに会いに行ってもらった。幸いイオムに感づかれることはなかったようだが、それも確実とは言えない。
もしかしたら気づいていて泳がしていた可能性だってある。
だから恐らくはグレイクの身体や牢の中を、彼を出す時は念入りに調べるだろう。
まあ、何も出てきやしねぇだろうけどな。
実はイオムが警戒することも視野の内。公開処刑なのだから、反対勢力が強硬して動くことだって有りうるのだ。だからイオムが警戒しても当然。
この兵の数だってそれを物語っている。
公開処刑の成否には国の威信もかかっているので、失敗は許されない。
これだけの群集の眼があるのだから、イオムもまた処刑には力を入れてくるのは分かっていたことだ。
恐らくここに集まっている兵士たちはすべてイオムが自ら用意した私兵だと思う。グレイクの息はかかっていないだろう。
「なあカヤちゃん、もう一度聞くけど、グレイクは確かに王の異変に気づいていて、それがイオムの士官と同時だって言ってたんだな?」
「はい。王様の眼もその頃からどこか生気を感じないというか、変な感じだったと」
「なるほど。ならやっぱり王はイオムに精神操作されてる可能性が高いな」
「つまり操られているということですか?」
「王が自覚してるかは分からねぇけどな。催眠か魔術的な力なのか定かじゃねぇけど、いくら側近にしてるからといって、今まで何一つ反論したこともないってのが引っ掛かった」
たとえ全幅の信頼をイオムに置いていたとしても、グレイクの裏切りという事象に対し、感情の一つすら見せなかったというのはどこか不自然だ。
これまで親身になって仕えてきてくれた者が裏切ったとして、普通なら怒ったり悲しんだり意気消沈したりと感情を揺れ動かすのが人間だろう。
それなのにグレイクからの情報では、そのような様子は微塵もなかったという。ただ冷淡に無感情に、グレイクを突き放したと聞いた。
「多分、王がグレイクよりもイオムを信じたって事実はあったんだろうな。命を救われたその時から」
「そうなんでしょうか」
「グレイクは良くも悪くも真っ直ぐな人物らしい。多分、ガンプ王にも先代と同じような気質を知らず知らず求めてしまってたんだろうな。それがつい厳しい教育となって、ガンプ王は自分がグレイクに求められていないって勘違いしてもしょうがねぇ」
「なるほどなるほど」
「そんな中で、賊に襲撃される事件が勃発。グレイクは王を守れず、守ったのはイオム。しかもイオムは信じられないほど優秀な人材だった。心が奴に傾いてしまうのも分かる。もしその心を利用して何かしらの方法で精神を操作していたら……?」
「じゃ、じゃあ元に戻すにはどうしたらいいんでしょうか?」
「幾つか手段はあるけど、一番楽なのはイオムに操作を放棄させることだな。まあこれが一番難しいけど」
いや、もっといいのは王が自力で解くというものだろう。しかし常にイオムが王の傍にいるということなので、解けかかったら新たにまたかけるというのを繰り返されることを考慮すると、その案は非常に困難ではある。
まあ俺の〝外道札〟で解くってのも手だけど、もったいねぇしな……。
それにこれもやはり傍にイオムがいる限り、またかけられる不安要素もある。
「最高なのはイオムに操作を放棄させたあと、奴にはこの国から退場してくれるってことなんだけどな」
「そ、そんなことできるんでしょうか?」
「さあね。俺たちはやれることをやってみるだけ。結果は神のみぞ知るってことで」
「そんなぁ。ボータさんなら全部上手くやっちゃいそうなのに……」
何故彼女がここまで信頼してくれているのかは分からないが、一応頭の中にある策通りに事を運べれば上手くいくとは思う。
ただ高望みはしない。イレギュラーはいつだって起こるし、あれもこれもと欲張っても良いことなどないからだ。
だから俺はグレイクとその妻を助けるということだけに全力を尽くす。あとのことはアフターケアとしてできればやろうってくらいでちょうどいい。
「あ~でもまさか国の大事に首を突っ込むことになるなんてなぁ」
「ご、ごめんなさい。わたしがワガママ言ったから……」
「カヤちゃんのせいじゃないよ。誰の責任って無理矢理追及すれば、それは俺の性分ってことになるし」
女の子から必死に頼まれたことを断れない俺の性格に責任があるはずだ。
これはすでに俺が選択したことで、誰のせいでもない。
だからたとえ失敗して罪を背負ったとしても、自分一人で罰を受ける覚悟も持っている。
そんなことをすればカヤちゃんたちには逆に恨まれるかもしれねぇけどな。
俺は苦笑を浮かべたのち、こんな日なのに晴れ渡った気持ちの良い空を見上げる。
ビーたち、上手くやってくれよ。
そう願い、カヤちゃんと一緒に建物の影に消えていった。
※
――【リンドン王国】から東に位置する場所に丘陵地帯があり、そこに一つの丘にくり抜いたような洞穴が存在する。
まるでそこには誰かがいますと示すかのごとく、洞穴の入口前には兵士が二人ほど立っていた。
「なあポチ、ホンマにあそこにグレイクの嫁はんがおんねんな?」
「いるよ! ビーはボクが信じれないのぉ!」
見縊らないでほしいといった感じで睨みつけてくるが、ウチとしてもポチの嗅覚の鋭さは知っている。しかし今回は勘違いではすまないのだ。
ボーやんから此度の策を聞かされて、自分たち――ウチとポチ、そしてヴェッカに与えられた任務がこの策の中核を担っていることは疑いようもない。
ポチにグレイクの家に忍び込んでもらい、彼の妻であるシヨリのニオイを覚えてもらった。その上で、そのニオイを頼りにこうして本人を探した結果、辿り着いたのが洞穴である。
今はその前方にある岩場の陰に潜んで様子を窺っている最中だ。
「ええか、そろそろ救出する時間やで。人質を取るような奴らや、手加減は無用や」
「しかしビコウ殿、ボータ殿は極力相手を殺さぬようと」
「確かにボーやんはそう言っとったけど、外道どもに情けなんていらんやろ?」
「あ、でもボータは兵士たちだって好きで言うことを聞いているわけじゃない可能性もあるって言ってたよ」
「うむ。もしかすると魔術で操られていたり、家族を人質にされて無理矢理従わされている可能性だってあると申されていたな」
「う……せやけど手加減なんてウチできるかなぁ」
「しかしビコウ殿は、ボータ殿との追いかけっこの時はちゃんと手加減をしていたのでは?」
「あん時もちゃんと殺すつもりで攻撃しとったっちゅうに」
すると「やはり」と言葉を漏らしてヴェッカの眼が鋭くなる。
「聞けばポチ殿と同格に強いビコウ殿の殺意ある攻撃を回避するとは。やはりボータ殿とは一度手合せをしたいものだな」
「ぶぅ~、ボクの方がビーより強いもんね~!」
その言葉にはカチーンときた。
「へ、へぇ……誰が誰より強いって?」
「ボータだってボクが一番頼りになるからここに来させたんだし~。ビーはオマケだし~」
「ほほう、えらい勘違いしぃがここにおるわ。ええで、どっちが先にグレイクの嫁はんを助け出すか勝負や犬っころ」
「いいよ! まあ、ボクが勝つけどね。おサルなんかに負けないもーん」
バチバチと火花を散らす二人に対し、やれやれと溜め息を吐き出すヴェッカ。
「この二人を暴走させないようにストッパー役として私が派遣されたのだろうな。ボータ殿、恨みますぞ」
ヴェッカが小さい声で呟いたあと、二人の肩に手を添える。
「さあ、勝負はいいが、大切な任務だということは忘れてはならぬぞ二人とも」
「分かっとるで!」
「もっちろん!」
「うむ、では――そろそろ参ろうか!」
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