第53話 グレイクとの出会い

 ――翌日。



 物静かな周囲に響く足音によって目が醒めた。

 藁ベッドの上で横たわっていた俺は、瞼を上げて格子の方を見る。



 すると一人の男が行使の前で足を止めた。



 俺が気づいたのだから、当然感覚に優れているポチやビーも目覚めたようで、同じように視線を男へと向けている。

 しかし予期しなかったのは、ビーの反応だ。



「――っ! な、何でアンタがここにおんねんっ!?」 



 男のことを知っているのか、ビーは驚愕にも口をあんぐりと開けて彼を見入っている。



「よぉ、久しぶりじゃねぇか――ビコウ!」



 気軽に手を上げて声をかけてくる男。緑髪の短髪で額に大きな火傷のような傷跡が目立つ。歴戦の武将のような強面の顔つきではあるが、どことなくとっつき易そうな雰囲気を感じさせる三十代後半くらいの人物だ。



「久しぶりちゃうわ! 質問に答えや!」

「ナッハッハッハ! 豪気なビコウが牢屋の中だとはな! ぷっ、おもしれぇ!」

「はっ倒すでっ!」

「ナッハッハッハ!」

「笑うなやボケェ!」



 と、何だか漫才みたいなやり取りが始まってしまったが……。



「あーなあビー、知り合いみたいだけど?」

「……せや。昨日話しとったやろ、関所を守っとるオッサンがいるって」

「! それじゃまさかこのおっちゃんが?」

「そう、コイツが――グレイク・ドライセン。【リンドン王国】の軍隊を率いる部隊長の一人や」



 なるほど。関所の防衛を任されるくらいだから相当偉いかと思ったが隊長だったか。



「あ、それもう違うぜ」

「はへ?」



 グレイクの言葉に呆けてしまうビー。



「俺この間降格されちまってさぁ。今は牢屋番してんだよ」

「…………は? はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 地下牢にビーの叫びとも取れる声が響いた。



「ど、どどどどういうことやそれぇ!? 部隊長を降格ぅ? し、しかも牢屋番て!?」

「昨日は非番だったからお前が捕まったってことを知らなかったけど、驚いたぜ。まさか街で暴れて牢に放り込まれたバカってのがお前だったなんてな」

「うっさいわ! つうか何でそないなことになっとんのか説明せぇ!」

「いやぁ、ちょっと王に諌言したらこうなっちまった」



 グレイクは頭をボリボリとかきながら豪快に笑いながらそう言った。

 しかしいまだにビーは、信じられないのかキョトンとしている。



 グレイク曰く、関所の防衛にもっと力を入れた方が良いということで、効率的なやり方を王に進言したという。



 しかし王は今は自国の防衛に力を注がなければならないと言って、あろうことかグレイクを関所の防衛任務から外し、実力的に不安材料が残る兵に、関所の防衛を任せてしまったのだ。



 確かに自国も大切だが、関所が破られれば他国からの刺客や賊が侵入してきて【リンドン王国】だけでなく、近隣の村々などにも脅威が強くなってしまう。

 故に自国の戦力を削ってでも関所を守るべきだと諌言したわけだが……。



「新国王様には俺の言葉は届かなかったってわけだ」

「ホンマどないなっとんねん、今の国王は!」



 ビーが不愉快気に舌打ちをする。



「……なあビー、今のってことは、国王が変わったのはつい最近なのか?」

「せや。先代が戦死しよってな。二月くらい前に、その息子が王座に着いたってわけや」



 彼女が言うには、先代は非常に優秀な統治者でもあったらしい。帝から直々に任命されて国の王に就き、期待通りに国家の繁栄も行っていった。



 グレイクのような腕の立つ将を士官させ、自国だけでなく関所を守る力として先代は尽くしていたという。グレイクも、先代の考えに共感して仕えていたらしい。

 しかし二ヶ月前に先代が賊討伐の時、不幸にも賊ががむしゃらに放った矢が胸に刺さり、塗られていた毒によって絶命してしまった。



 そこで後を継いだのが先代の一人息子であったガンブ・フィラ・オールコットである。



 彼の統治は先代のそれとは違い、徹底した身内びいきというより、自国さえ無事ならそれでいいというもの。

 故に近隣の村から賊討伐の依頼があったとしても、最低限の兵しか送らないこともあるようだ。ちなみに近くまで賊が来ているなら、数の暴力を駆使して全戦力で一掃したりするらしい。



 なるほどなぁ。確かにこの国に住んでる奴らからすれば、自分たちは安全だから文句はないんだろうけど……。



 国の王としては最低限の役目を果たしているように見えるが、助けを求める者たちのために尽力しないガンプにグレイクは疑問を浮かべたという。

 グレイクの進言通り、関所は絶対に守るべきだ。そうしなきゃ、西からも賊が押し寄せて結局は自国も危ぶまれるしな。それを分かってないってことなのか?



「俺は散々忠告したんだけどな。関所の重要性ってやつを。けどしつこいって言って、気が付けばこの様だった」



 自嘲するような笑みを浮かべて肩を竦めるグレイク。



「アンタほどの将を牢屋番? ホンマ頭おかしいんとちゃうか、ガンプ王は」

「おいおい、一応国に仕えてる俺の前で暴言はよせって」

「せやけどアンタはこのままでええんか!? もし関所が機能せぇへんなったら、この国だって危ないんやで!」

「…………」

「見切りをつけたらどうや? アンタやったら大喜びで士官させてくれる国なんて腐るほどあるやんけ」



 ビーがそこまで称賛するとは。



 それだけこのおっちゃんが凄いってわけか。確かに見た目とか雰囲気あるもんなぁ。



 大剣や長槍を振り回す姿が容易に想像できて、とても似合っている。



「ビコウ、お前の言うことももっともだけどな。……一度仕えた国だ。簡単に背を向けるわけにはいかねえんだよ」

「……せやけど牢屋番なんてあんまりやろうが」

「……実はな、先代の時に俺と一緒に仕えていた部隊長が軒並み辞めちまってな」

「!? ……そないな話聞いとらんで? 噂にもなっとらんし」

「民に不安を与えないように俺が戒厳令を敷いたからな」

「……辞めた理由は?」

「ガンプ王の治世に不満があるから、だ。だから今の部隊長は、まだまだひよっこのバカどもがこなしてる。まあ、隊長クラスの人材がいないからしょうがねえけどな」



 兵の指揮すら満足にこなせない連中が隊長に収まっていると聞き、俺は背中が寒くなった。

 戦場では兵を指揮できる将の存在は必要不可欠。それで兵たちの生存率が遥かに違ってくるはず。



 聞けばグレイクくらいの勇将はいないのだという。



 おいおい、マジで頭おかしいんじゃねぇのか、この国の王は。人を見る目なさ過ぎだろうが。



 たとえ諌言を受けたとしても、柔軟にそれを受け止める器量がないのでは、この国の未来はすでに潰えたような気がした。



「ホンマにええんか? ついていけるんか、今の王に?」

「王を信じ、正しい道に戻すのも臣下の務めだろ。俺は最後までこの国とともにあると決めたんでな」



 男としてもカッコ良いと思えるほどの胆力である。というかこの人が王を継いだ方が、きっとこの国のためになると思わせるくらいに。



 ま、沈みそうになる船にしがみつくのも、その船をどうにかできると修理に明け暮れるのも本人の自由だろう。



 俺はさっさと見切りをつけて、違う船を探した方が生存率は上がると思うけど。

 しかしこういう真っ直ぐな信念を持つ男というのも素敵だとは思う。



「それにこの国を変えちまったのは現国王だけじゃなくアイツが……」

「ん? アイツ?」

「あ、いや、何でもねぇよ。とにかく俺はこっから動くつもりはねえ」

「はぁ、一途過ぎやでホンマ」

「ナッハッハッハ! ところでほら」



 笑いながら牢の鍵を開けてくれるグレイク。



「一晩反省させるってのが罰だったしな、もう出てもいいぞ。外はすっかり朝だしな」



 俺たちはグレイクの先導のもと、地下牢から外へ出ることを許可された。

 その最中に、グレイクがあることを言ってくる。



「そういや朝っぱらに二人の美少女が尋ねてきてよ。ボータってのは、お前さんだろ?」

「へ? ああ、もしかして茜色の髪と青髪の女の子?」

「お、やっぱ知り合いか。なら話は早いわな」



 外へと伸びる長い階段を上っていくと、その先には一つの小部屋があり――。


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