31.仲間を求めて


 スーザンとロイヤーは、ジダニスタムに向かうため、帆船に乗って西へと向かっていた。


「ロイヤーさんに来ていただけて良かった」


 スーザンは甲板で海原を眺め、風に髪を靡かせていた。


「スーザン様」

「あたし、ロイヤーさんに憧れてるんですよ。官吏を志す女として」

 ロイヤーは恐縮した。

「畏れ多いことにございます」

「そんなに畏まらないで。家柄から言ったらロイヤーさんの方が上なんだから」

「私は、実家から勘当された身ですので」

「細かいことは気にしちゃいけませんよ」


 スーザンは笑って言う。


「あたしは、ローゼ様にも親しくして頂いていて、とても憧れていた。だから王宮に仕えたいと思っていたんです」

「……はい」


 アルトの姉ローゼは、未だ眠ったままだ。

 シュヴァルツとの交渉の行方は、スーザンにとっても重要事項だった。


「きっとシュヴァルツとの交渉を成功させましょうね」

「そうですね」


 ロイヤーは言って、どこまでも続く海原を眺めていた。



 ***


 一方アルトたちは船に乗って河を遡っていた。


 一日あれば赤い石のカルツェ公爵家の船着場に到着する。そこから更に半日馬で歩くだけで、カルツェ公爵の館に着いてしまう。


 カルツェ家とは、伝書鳥で既に連絡を取り合っていた。

 念には念を入れて、アルトはマントで姿を隠し、裏口から案内してもらった。


「うーん、他ならぬネイヴァルドさんの頼みだし……」


 カルツェ家新当主、ロベルトはネイヴァルドの使者の方を見た。


「何より、陛下直々にいらしてくださったのですから、断りづらい件ではございますが……」


 困ったように隣に座る妻に顔を向けた。


「どう思う、カリーナ」


 カルツェ公爵家でも父と祖父が眠りにつき、ロベルトは突然当主となった身だ。最近は妻と話し合いながら物事を決めているらしい。


「そうですねぇ……」


 カリーナは顎に指を当ててしばらく黙りこんだ。


「……よろしいんじゃないでしょうか。うふふ」

「君の意見は参考にするよ。しかし陛下、あのブラウエンとやりあって勝てる見込みはあるのでしょうか」


 アルトに代わり、フリックが、今後の見通しを語った。


「ふむふむ、ジダニスタムの支援を受けられると……」


 それからロベルトとカリーナは、しばらくにこやかに相談をしていた。アルトたちはそわそわしながらそれが終わるのを待った。


「承りました。我らカルツェ公爵家は、陛下に協力させていただきましょう」

「やった!」

「そうと決まれば、仲間集めはこの僕にお任せください。僕もまだまだ若造ですが、公爵家の権限を最大限に使って、あちこちの貴族を味方に引き入れて差し上げます」

「ありがとう!」


 良かった。人手も権力も不足しているネイヴァルド家だけでは手が回らなかった部分が、これでかなり補完される。


「しかし、陛下の聡明さには頭が上がりませんよ。大人の話にもちゃんとついてこられるとは。ご立派な王を持って、僕たちは光栄です」

「あ、ありがとう……」

「そして、差し出がましいようですが、陛下」

「はい」

「シュヴァルツ公との契約は、陛下に行なって頂くということでよろしいですか」

「もちろん!」


 そこでカリーナ妃がロベルトをつんつんとつつき、何やら耳打ちした。


「え、何々カリーナ……ふむ……陛下、すみません。緑の丘のヴェルティス公とのやりとりも行なって頂けないでしょうか。もちろん、この件については、ネイヴァルドさんと相談せねばなりませんが」


 ひゅっとアルトは息を吸った。

 あの強欲で太っちょな怖いおじさんと、もう一回対面しなければいけないのか。


「な、何で?」

「ええーっとですね」

「陛下はヴェルティス様をお叱りになったと伺いました」細く柔らかな声で、カリーナは口を添えた。「ですから、陛下御自ら仲直りをなさった方が、よろしいのではないかと。……すみません」

「あ、ううん、分かったよ」


 アルトは言った。言われてみればその通りだ。仕方がない。ここは覚悟を決めて取り組むしかないだろう。


「その他の家については、このカルツェ家にお任せ下さい」

 ロベルトはにこやかに言った。

「きっとお力になってみせますよ」

「よろしくお願いします」


 アルトは騎士風に礼をした。

 顔を上げて見ると、ロベルトもカリーナも目をまん丸にして慌てていた。


「あ」


 王様はあんまり人間に対して礼とかしちゃいけないんだっけ。

 騎士見習いの訓練でやり慣れていた動作だったから、ついやってしまった。


「アルト様……」


 横でフリックが、なんとも言えないため息をついている。


「ご、ごめんなさい、つい癖で」

「陛下がそこまでなさるのなら、このカルツェ、全身全霊をもって挑ませて頂きます!」


 ロベルトはまだ動揺した様子だったが、頼もしくもそう言ってくれた。


 アルトは改めて、よろしく、と声をかけた。


 ***


 伝書鳥で情報を交わし合い、ベアトリスがどんどんこの先の計画を立てていく。


 カルツェ公の働きで、いくつかの貴族が立場を明らかにした。何と更に、ブラウエンと親しい家にも声をかけて、こちらへ寝返るよう説得しているという。


 現在、アルトたち一行は身分を隠して緑の丘の公爵領へと移動中。スーザンたち一行は船ですいすいと各地を回り、商人組合の元締めのところへ向かっている。そしてブラウエン家の動向は──。


 ベアトリスは眉間に手を当てた。


 少し、厄介なことになりそうだ。

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