第50話 続報
――2024年12月25日、13時00分、沖縄県、那覇空港――
宮本は那覇空港に着くと、すぐにタクシーで那覇市内に向かった。自分のアパートに戻るためだ。
到着ロビーを出たところで、山口に電話を掛けようとしたが、人ごみで周囲を気にしながら話すよりも、部屋に帰ってからの方が良いと思い直した。
タクシーのラジオでは丁度、ハワイでの怪現象の続報が入ったようだった。
「運転手さん、もうちょっと音を大きくしてくれるか」
宮本の求めに応じて、音量が上がった。
『……今朝、速報で入ったハワイ、オアフ島の怪現象の続報です。怪現象が起きた時の様子が分かってきました。発生した時刻は現地時間の13時08分。周囲が一瞬夕方のように暗くなり、その瞬間にフラットパネルがスパークしています。ある程度の面積をもったパネルにだけ異常が生じた模様で、携帯電話やスマートフォンには障害は有りません。
尚、この異常事態が発生した際、アメリカ大統領のモーリス・バクスター氏も、たまたまクリスマス休暇でハワイを訪れていました。
政府のスポークスマンによりますと、バクスター大統領の無事は確認されているとの事です。繰り返します……』
「一瞬、周囲が暗くなっただと?!」
となれば、その挙動からしてチャイナ・サークルに間違いない。尖閣沖上空で起きたことが、オアフ島の地上で起きたわけだ。あの時は戦闘機の突入が空間シールドを突っ切ったが、オアフ島では空間シールドの方が範囲を拡大して、島全体を飲み込んだということだ。
「それに加えて、アメリカ大統領――?!」
宮本は思わず、「ウーム」とうなり声を上げた。
※
アパートのすぐ近くでタクシーを降りた宮本は、部屋に入るなり、防衛省の山口に電話を掛けた。
「おう、宮本か。相変わらず反応が早いな」
「どうなっている? 何が起きた?」
「ニュースで流れた通りだ。今はまだ未確定情報として報道されているが、多くの市民や観光客が目撃したというスクランブル発進は、実際に行われている。
ドッグファイトが行われたのも事実だ。出撃した26機中20機が撃墜。残りの6機も計器パネルの故障のために、機を捨ててベイルアウトしている。その他に、海軍の対潜哨戒機もやられている」
宮本は被害の大きさに絶句した。まさかそこまでとは――
「相手は?」
「極秘だが、言わずと知れたストライク・ペガサス4機だ」
「ハワイは無事なのか?」
「ああ、旧式のF15C、2機が出撃して、4機全てを撃墜したそうだ。恐ろしく腕の良いパイロットだ。どこにでも、お前みたいなやつがいるんだな」
「冗談はよせ。で、大統領はどうなんだ?」
「そいつもニュースの通りで、無事だよ。オアフ島には一発も着弾していない」
「相手の目的は、何なんだ?」
「知るか! 俺は犯人じゃない。しかし米国側は、大統領にターゲットを絞った襲撃作戦と見ている」
「まてよ!」
宮本が急に大声を出した。脳裏に閃くものがあったからだ。「分かったぞ。そういうことか!」
「何だ宮本、何が分かった?」
「今日の『ホワイトハウス爆撃作戦』が、大統領襲撃のための
「確かにそれはあるな。警戒の目をそちらに引きつけておいて、真の目的はオアフ島。そういう目的ならば、囮は派手な方が良いからな」
山口も、宮本の推理に同意した。
「それにしても、オアフ島の一件では、チャイナ・サークルの威力を見せ付けられたな」
山口が神妙な語り口で言った。
「お前も、怪現象がチャイナ・サークルの仕業だと思っているんだな?」
「当たり前だ。現象面が全く同じだからな。恐らくはストライク・ペガサスは、潜水艦に搭載されており、チャイナ・サークルと共に移動をしているんだ」
「初めはチャイナ・サークルは、単なるレーダー欺瞞技術と思っていたがな……」
「最早立派な武器だな。レーダーから身を隠す受動的な技術ではなく、敵の電子機器の表示系を破壊する能動的な兵器という事だ」
「武器として運用すれば、相手は侵攻されることが分かっていても、防ぎきれるもんじゃない」
「その通りだ。例えばチェサピーク湾の奥まで侵入してからチャイナ・サークルを発動させれば、周囲のイージス艦も、湾岸の対空防衛網もズタズタになる。それから悠々とストライク・ペガサスを発進させればいいんだ」
そこまで話して、宮本の頭の中にはまた別の考えが浮かんだ。
「だとすれば、先程の囮の話は、もっと
「そうか、大統領がホワイトハウスに居るのであれば、素直にホワイトハウスを攻撃すれば良い。オアフ島ならば、ホワイトハウスを囮にしてそちらを攻撃できる」
「そういうことだ」
「下手をすると、ストライク・ペガサスの飛行可能距離の範囲なら、どこに大統領がいても狙えるという事にもなるな。まったくすごいものを作りだしたもんだ」
山口は口調は、まるで呆れたとでも言いたげだった。
「レーダー
宮本はしみじみと言った。過去にこのような兵器システムは見たことも聞いたこともない。
「正にこの技術を握った国が、世界を制すると言っていい。これから世界の勢力図は変わるのかもしれない」
山口も宮本の考えに同意した。それから数秒二人は何も話さなかった。どちらも、自分の言った言葉の意味を噛みしめていた。
「なあ、山口、教えてくれないか。この一連の騒ぎは、一体何誰が何のために仕掛けたんだろうな? 俺にはさっぱりわからん」
「どうしたんだ? 藪から棒に」
「もしもアメリカ大統領を血祭に上げたとしてだ――。その先は何だ? 何が起きる?」
「普通に考えると、戦争なんだがな」
「誰と? どこの国とだ?」
「俺に訊いても分かるわけがないだろう」
「そうだよな、やっぱり……」
「刑事ドラマだとほら、『一番得をする人間を疑え』っていうじゃないか。それがこの一件では誰も見当たらない。だから気持ちが悪いんだ。国会議事堂爆撃の時だってそうだった」
「要するにそういう事なんだよな。ところで、以前にお前の言っていた、レーダー欺瞞技術研究所ってやつは、本件に関係していると思うか?」
「ああ、何らかの形で関係はしているだろう。俺の勘だがな。しかしそいつが首謀者かって訊かれると、違うような気がするな」
「何故だ?」
「そいつも勘だ。事の大きさに比べて、相手が一研究所だってのが、どうにも釣り合わない気がする。フェニックス・アイ社や、インヴィンシブル・ウィング社も同様だ。何らかの関係はあるのだろうけれど、きっとど真ん中ではないだろう」
「相手国がいない。だから戦争は起きない。じゃあどうなる?」
「分からん。ただ一つ言えるのは、我々に何かが出来るわけじゃないということだ。今は黙って、推移を見守るしかない」
「待つしか、ないか……」
「例えば、これから中国やロシアが、『実は我が国がチャイナ・サークルを保有している』と言い出すかもしれないし、突飛な考え方をすれば、本件はアメリカの自作自演で、チャイナ・サークルの威力を世界中に見せ付ける、ショーだったってことも有り得るだろう。
考えにくいことだが、中東あたりのテロリストが、実はチャイナ・サークルを操っていて、これから自由世界を脅迫してくるのかもしれん。
そうなってからが本番で、本当に戦争の危機だろう。恐らく小規模な小競り合いじゃなく。幾つもの国を巻き込んだ世界大戦の危機だ」
「だが結局、話ばかりはデカいが、今は何も分からないってことじゃないか」
「そういうことさ。ただ――」
「ただ――?」
「もしもこれから先、誰もチャイナ・サークルの所有を宣言しなければ、それはそれで別の意味での危機がやってくるぞ」
「何だそれは?」
「世界中を覆う疑心暗鬼という危機だ。チャイナ・サークルを保有した国が、武力では世界を制することになる。どの国がそれを握っているかの、腹の探り合いだ」
「まるで、戦略核をカードにした駆け引きみたいだな」
「まさにそれだ。新しい冷戦の構図だな」
「冷戦か――」
宮本はつぶやいた。以前にも米中の冷戦について考えてみたことがあった。あの時にはピンと来なかったが、なんとなく今は実感できる。
東西冷戦でもなく、米中冷戦でもない、新しい形の冷戦。
まだその形は曖昧でしかないのだが――
――2024年12月24日、19時00分、ヒッカム空軍基地――
ボイドとカークはヒッカム空軍基地にいた。
チャイナ・サークルによって、機能不全に陥った基地の機能を回復するために、補習部品とエンジニアを乗せたC17グローブマスターⅢがこちらに向かっており、荷物を下した後、ボイドがそれに同乗して機は折り返すことになっていた。
「あなたに見送ってもらうとは、思いませんでしたよ」
「同じ場に居合わせた縁だ。気にするな」
「本当ならば、あなたともっと話をしたかった。しかしカーライル司令から急遽の呼び戻しです。多分これからは、今回のことでの査問委員会と調査委員会で、毎日が忙殺されることでしょう」
「民間人の俺を無断で基地に入れ、F15Cを操縦させたことも、きっと問題になるぞ」
「承知しています。しかし、大統領の命を救ったんですから、情状酌量でしょう。本来であれば、最高位の名誉勲章をもらってもよいほどの功績です」
「授与式の演壇で、大統領がと握手か――、フン、興味ないね」
カークは皮肉げな笑いを浮かべた。
ボイドは一つだけ、カークに訊き忘れていたことがあった。
「一つだけ教えてくれますか?」
「アントーノフは、アメリカと中国の間で、戦争を起こさせたかったのでしょうか?」
「なぜ、そんなことを訊く?」
「そんな気がするのです。もしも戦争状態になれば、アントーノフがついた側が圧倒的な有利に立つことになる。アントーノフが、米中のどちら寄りの人間かは分かりませんが、ソ連が凋落した今となっては、その戦争に勝った側を中心に世界が回り始めますよ。米中のどちらかを、決定的に勝たせることが狙いだったのではないでしょうか?」
「違うだろうな。奴は米ソの冷戦の頃のような、緊張関係を世界に作りたかっただけだ」
「冷戦ですって?」
「そうだ。どちらかについて、その国を勝たせるのではなく、自分がキャスティングボードを握って、永遠にどちらにも勝たせない世界を作りたかったんじゃないか? 中国を選んだのだって、たまたま今の世の中で、アメリカに台頭できそうな国が、そこしかなかったというだけだろう」
「2極化を目指すには、中国では役不足だったという事ですね」
「早い話がな」
「しかし、もしも中国がチャイナ・サークルのカードを巧妙に駆使できていたら、きっとアントーノフが狙っていた世の中になっていたでしょうね」
「今回はたまたま失敗しただけさ。中国だって、これから力を付けるだろうし、アメリカは逆に、このまま慢心すれば凋落するだろう。
誰も何もしなくても、いつか自然にバランスがとれて、2極化の時代は来る。それは米中ではなくて、他の2国なのかもしれないがな。人間と言う生き物は、きっと潜在的にそれを望んでいるんだ」
「あの潜水艦は、これからどうするのでしょう」
「さあな、また冷戦状態を創りだせるチャンスが来たときには、現れるんじゃないか」
「それまでの間、逃げ回ることができるのでしょうか? アメリカは必死で探しますよ、彼らを」
「アメリカだけでない、中国も、ロシアも探すだろう。それを手中にした国が、軍事的には世界のリーダーになるのが明らかだからな」
「こういう言い方が良いのかわかりませんが、逃げ切って欲しい気がします」
「そうだな、そんな謎めいた存在が、世界に1つくらいあってほしいな」
「アントーノフは、いったいどんな存在だったのでしょうね?」
「お前は誤解をしているのかもしれない。アントーノフは全てを司る中心人物では無い。誰かに操られているだけだ」
「誰に?」
「さあね、何となくそう思うだけだ。しいて言えば、東西冷戦時代を懐かしむ、亡霊たちの総意といったところだろう」
「亡霊?」
「そうだ――、例えば俺みたいな奴のな……」
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