16

 ASHIDA FASHION HOUSE。

 おぞましいようなシャレコウベのついた看板のあばら屋が、私たちの前に現れた。

「あしだ……」

「涼子さん、どうしたの?」

 ものすごく気分が悪そうに下を向く涼子。青ざめた顔を乱れた髪が覆う。

「取り敢えず、入ってみるですぅ」

 建て付けの悪そうなドアを開けると、今度はアルミ製のドアがあった。それも開くと、中から強烈な匂いが鼻をつんざく。

 中にいたのは、無精ひげを生やし、煙草をくわえた中年男性の姿であった。

「こんにちわ、ですぅ」

「おっ、みうちゃん。友達連れてきたのかい。涼子、おかえり」

「ただいま、父さん」

 そう、弱々しく涼子は言葉を返す。

 リノリウムのような床の上にわざわざスノコを置き、天井板を引っぺがして照明とエアコンの室内機だけが残った天井。ガラスに透明だが光を通しにくいフィルムを貼り、店内は薄暗い。

「少年、そこの嬢ちゃんも、涼子の友達だろ。こんなむさ苦しい店だとは思わなかっただろ。ま、これもオレのセンスの賜物なんでな、ま、面白いと思ったら買っていきな」

 そう、ククッ、と笑う店主に、涼子は下を向いたままだった。

「おっ、涼子。やっと来た」

 そういって、奥の段ボールがうずたかく積まれた一角から、ひょこっと隆史が顔を出す。

「すごい店だろ。ここ、涼子の実家だぜ。オヤジさん、いいセンスしてるぜ。ほら、これ」

「なんですか?」

 隆史が出してきたのは、なんか、とある給仕が着ているような……。

「メイド服!」

 私にそれを突き出して言うのは、

「これを着て、オレ様に御奉仕してくれないかな~」

「さすがに、お断りします」

私は即答した。

「ナースも、アニメ調のセーラー服もあるぞ」

「コスプレショップみたいですぅ」

「専門じゃないけどな、置いとくと意外に売れるんだよ。みんな好きなんだよな、わりと」

 自慢気な雰囲気で、煙草を吹かしながら遠い目をしていた。

「涼子に着てくれとせがんだら、娘に平手で叩かれた」

「当然だ!」

 青筋立てた涼子を見るが、顔色一つ変えずに吸い殻を灰皿に押し付ける。

「つれないねえ、反抗期だねぇ。こんな娘に育てた覚えないのに」

 一方で、隆史は別の棚を漁っていた。

「下着なんか、こんなのとか、こんなのとか」

 ほとんどヒモといっていいような、布がわずかしかないものを私に見せる。

「せっかく芦田さんちに来たんだから、……おっ、これはどうだ?」

 胸当てなのだが、なぜか人の手がカップの部分に描かれている奇妙なものだった。

「それをどうしろと」

 私が隆史に尋ねると、隆史はフンと花を膨らませて言う。

「これなら俺の手でやったほうがいいなぁ」

 私は、思わず髪留めの封印紙に手を掛ける。

「どうした、ゐすゞ」

 健の声に我に返る。

「隆史も、あまり変なの薦めないでくれよな」

「もちろんよ、おう。でも、ゐすゞちゃんが着てくれているのを想像すると、……きゃー、かわいいー」

 そう言いながら、身悶えする隆史を見て、私はため息をつく。

「それにしても、嬢ちゃん、制服だろ。どうしたんだい?」

 私の方を向いて、店主が問いかけてくる。私の代わりに健がその問いに答える。

「服、実家に置いてきたんだ。ちょっと着るものがなくてな。あの子にぴったりな服があればお願いしたいんだが」

「おうよ。おじさんにまかせておきな」

 そういって、店の奥へと消えていった店主。がさごそ、の音がやがて消えると、色とりどりの服を抱えてやってきた。

 最初に出てきたのは、ピンク色のフリル付きのワンピースであった。

「こ、こんなフリルの付いた服なんか、着たこと、ない」

「こういうのは、若いうちしか着られないからよう、一度着てみなって」

 そう言って、試着室のほうへ顔を向ける。私がそちらを向くと、服を押し付け、背中をぽんと叩いた。足が自然に、そちらのほうへ向かう。

「閉めるぞ」

 健と私の間にカーテン一枚、壁ができる。

 なんか、恥ずかしい。

 でも、意を決して制服を脱ぐと、私は、さっきのワンピースを手に取った。

 着てみた。

 ちょっと胸元がきついけど、サイズは合っていた。

「開けていいか」

 健の声に、すこしどきっとするのだが、いい、と答えると、不可侵の壁が開かれる。

「ちょーぜつ、かわいいぜ、ゐすゞちゃん」

 隆史が歓喜の声を上げる。

「健は、どう思う」

「いい、と思う」

 視線を逸らしながら、顔を赤らめる健。

「どうしたの? こっち見て言ってよ」

 そう要求するも、健は正視してくれない。

「ちょっと、俺、なんというか」

 足の付け根の辺りで、手を泳がせながら言うのである。

 一方で、

「涼子さんは」

「ダメダメ!」

「そう?」

手を横に振り、強く否定する。

「どうして?」

「かわいすぎる。かわいいと、私が目立たなくなるからさ、私がいないときに着てくれないかな、なんて。って、オヤジ、いっつも変な服ばかり入れているのに、なんで今日だけ、んなのがあるんだよ?」

「ま、商売人のカンで、売れそうな気がしたからだ。こんなのもあるぞ」

 そう言って、次々と出てくる衣装たち。

「それ、買うよ」

 健が言う。しかし、店主は首を横に振った。

「金はいいよ。涼子の友達だからさ。仲良くしてやってくれ。かわりに涼子の小遣いから引いとくからさ」

「おやじ!」

 涼子のすごい剣幕。

「冗談だ。ゐすゞちゃんだっけ、これをあげるよ」

 そう言って、袋いっぱいの服を健に持たせる。

「今着ているのも返さなくていいから着ていなさい。あ、サイズ合わないのは持って来てくれるかな」

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