第69話 終結(2)

「リリス!!」

「無事だったのね!!」


 再会した友人たちの声に、リリスの表情が安堵とともにゆがむ。魔法の効果が切れたのか、羽が生えたように軽かった足は鉛を付けたように重くなった。足の力が抜けて膝をついたリリスを、あわてて傍らのセレスが支える。よく頑張ったな、とわしわし頭をなでるアルの背中の後ろから、友人たちの顔がのぞいた。


「ネリエ、シャンディ……」

「頑張ったわね、リリス。セレスも。ここまでくれば大丈夫――とは、残念ながら言えないけど」

「今は君のおじさんとおばさんが攻撃を防いでくれているけど、守るばかりでは状況を打破できないからね」


 二人の言葉に、リリスははっと顔を上げる。あたりを見回せば、少し離れたところに横たわるカイヤ、その傍らで治療するルディとセレナの姿があった。血の気を失って倒れている兄妖魔の姿に一瞬どきりとするが、伯父と伯母が治療しているということは、助かるということだ。

 決してまだ、手遅れではない。そう自分を納得させ、深く息を吸い込んだ。


「おじさん、おばさん!!」


 足に力を込めて立ち上がり、3人のもとへと向かう。リリスの声に気づいたのだろう、ルディとセレナははじかれるように振り返った。二人の顔にはありありと困惑の表情が浮かんでいる。リリスに言いたいことはたくさんあるが、どう言葉をかけていいかわからない――そんな顔をしていた。


「みんな、無事でよかった。二人とも、カイヤを治療してくれて、ありがとう」

「リリス……」


 意識を失って横たわるカイヤのそばにしゃがみながら、リリスはぺこりと頭を下げる。それは、本心からの言葉だった。いくらランディが王を謀っていたとはいえ、妖魔討伐は王から下された命だ。それを無視してこちら側につき、討伐対象の妖魔を治療してくれている。それだけでもう十分だと、リリスは二人に感謝していた。


「王宮付き魔法使いがどういうものか、私も理解しているつもりよ。だから、何も言わないで」


 にっこり笑ってそういうリリスに、セレナは少しばかり目じりに涙すら浮かべていた。そうしてそのまま、ぎゅっと抱きしめられる。懐かしいぬくもりに包まれる感覚は、何よりも幸せだった。リリスが再度呼びかけると、セレナは涙を抑えきれなくなったらしい。無事でよかったと何度も繰り返し言いながら、少し痛すぎるくらいの強さで抱きしめられた。ルディオもそばに来て、労いの声をかけてくれる。それだけで、彼らに対するわずかなわだかまりがすうっと消えていった。


「あのね。私、次期当主の印を継いだの」

「――覚悟が、できたんだね」

「うん。もう迷わない。私はこの力を使って、戦いを終わらせるわ」


 決意をにじませる声で、はっきりと宣言する。ネリエとシャンディが伯父と伯母に代わって防いでくれているが、夜闇にまぎれてまだ攻撃は続いている。少し離れたところにいる親類たち――リリスと血を同じくする者たちと、決着をつけなくてはならない。少女はセレナとルディオから離れると、少し離れたところにいるセレスのほうへと歩み寄る。これが、最後の戦いになるだろう。長かった夜がとうとうあけるのだ。


「決着をつけるのだな」

「ええ。力を貸してちょうだい」

「もとより、俺の力はお前のもの。リリスが望むなら、何なりと叶えてみせよう」


 力強くうなずくセレスに、リリスもこたえる。鈴が鳴るような音とともに二人の印が光り、「魔法使い」の契約が発動する。ゆっくりとセレスの心と同調していく感覚は、この短い時間の中で違和感なく受け入れられるものになっていた。その様子をじっと見守る伯父と伯母に、リリスははじけるような笑顔を見せる。二人に魔法使いになった姿を見せられるのが、何よりうれしかった。


「気を付けて、リリス。私たちも精一杯援護するわね」

「紅の魔法使いの名にかけて、お前には指一本触れさせない」

「ありがとう。ルディおじさんとセレナおばさんが守ってくれるなら、絶対大丈夫だわ」


 ふわりと笑い、身を翻す。こんなにも力強い仲間たちがいるのだから、絶対に大丈夫。リリスはそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと歩きだした。歩調を合わせて歩くセレスを見上げると、自分と同じく決意を固めた顔をしている。大丈夫、負けない。二人はただその思いだけを共有して、残りの王宮付き魔法使いたちがいる方向へと進んでいく。


「あのね、セレス。よく聞いてほしいの」

「なんだ」

「今から使う魔法は、印がある私と父にしか使えないものなの。私の血を使う魔法。びっくりさせるかもしれないけど、絶対に私の言うとおりに動いてほしい」


 遥か昔、一度だけ父に教わった口伝の魔法。その記憶を必死でたどりながら、方法をセレスに伝える。リリスの体を傷つける必要もあることから、セレスが不服そうな顔をするが、言葉にして異を唱えることはしない。


「――わかった。俺は今お前が言った通りに動く。ただし、リリスの身に危険がせまったら、魔法より守る法を優先する。それでいいな?」

「ええ。それでいいわ。ありがとう」


 あくまでも最優先はリリスだというセレスに、少女は反論しなかった。リリスも、それでいいと思った。きっと、リリスがセレスの立場だったら、同じように行動する。今までは自分さえ犠牲になれば、というような考え方をすることが多かったリリスだが、少しずつその考えには変化が生まれていた。自分が傷つけば、悲しむ人がいる。そのことをしっかり理解できるようになったからこそ、その人たちのために自分を大切にしよう。そう思えるようになったのだ。


 そうしてしっかりと魔法の手順を確かめ合った二人は、いよいよリリスの血縁の者たちと対峙するべく、歩を進めていったのだった。

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