第二章 出会いと別れは突然に
第6話 旅立ち
朝のすがすがしい空気が立ち込める中、所狭しと店が立ち並ぶ大通りは騒がしい喧騒に包まれていた。王都ウィステリア西区画の中通りは全体が市場になっており、規模は国一番の大きさとも言われる。道の両脇はさまざまな店で彩られ、道には所狭しと人の波がひしめく。朝も早いというのに客たちのお喋りがあたりを満たし、それに負けないよう売り子たちが声を張り上げていた。
その人波に揉みくちゃにされないよう、一人の少女が必死で足を踏ん張りながら歩いていた。亜麻色の豊かな髪は完全の深々と被ったマントのフードに隠れ、下からは琥珀色の大きな瞳がのぞく。 周りの人々の剣幕に少々押され気味ではあるものの、瞳だけは周りに負けじとくるくる回る。日用品から世界の品々まで集まる市場は見るものすべてが新しく、興味を引かれるものばかりだった。
これが観光なら心ゆくまで店を周り、品物を見て回るのだが、残念ながら余計なところで立ち止まっている余裕はない。少女は名残惜しげに視線を残し、目当てのものを探す。所狭しとごった返す人の流れに逆らいながら、やがてある店の前で歩みを止めた。
「おじさん、地図を一つもらえないかしら?」
「こりゃまた可愛いお嬢さんだな。よし、30ゼナにおまけしてやろう」
「ありがとう。これでいい? それと丈夫な革靴も欲しいのだけれど」
「あれを欲しがるとはお目が高いねぇ。これもなにかの縁だ、150ゼナでもっていけ!」
「助かるわ、ありがとう」
100ゼナの地図と300ゼナの革靴をそれぞれまけてもらった少女は店主に向かって破顔する。パン2つ分ほどの金額で買い物が終わってしまったのは嬉しい誤算だった。店主は礼なんていいよ、と笑いながら小銭を受け取る。だが買い物を終えて歩き出そうとしたところを再度店主に呼び止められ、少女は怪訝そうな顔で足を止めた。
「お嬢さん、もしかして山脈を越えるのかい?」
「そうですけど……何か?」
「あんた魔法使いだろう? 相方がいるなら心配はないだろうが、もし一人で魔法都市ヘパティカに行くなら気をつけな。 あそこへ向かう山道は今かなり荒れてるらしいからな」
店主は少し声を落とし、少女一人だけに聞こえるようささやいた。
──商人仲間が言うところじゃ、山賊が出るらしい。それも一人身の旅人がよく狙われてるらしいんだ。お譲ちゃんも気をつけろよ?
そう言われて少女は神妙に頷き、気をつけると約束をして店を立ち去った。最初はそんなに気にする噂でもないだろうと思っていた。気をつけたって出るものは仕方ないし、用心棒を雇うほどの金はない。行き先をいまさら変えるつもりもなかった。だが次に食べ物を買うために立ち寄った店主にも同じことを言われ、更に衣料品店の店主にも似たような噂話を聞いた。そこまで言われるとさすがに怖くなる。 店主に山賊に襲われにくい抜け道はないかと尋ねると、特別だから内緒にね、という条件付きで教えてくれた。
そんなやりとりをしたのが、確か半日ほど前のことだ。山に入った少女は店主に言われたとおり、山道から少し外れた細い道をたどり、山の中へと入った。山道はあまり手入れをされておらず、人の通った後は少ない。何度か本当にこの道であっているのかと不安にもなったが、そのまま道を進んでいく。
そうやってどんどん細く、足場の悪くなっていく道を辿ること、一時間。視界のはずれに見えた、自分のほうへとにじり寄ってくる複数の人影に異変を悟る。
夕日が傾き始めた山中で、少女は山賊に囲まれていた。
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