第112話 皇女の想い

ひぃっという自分のものではない悲鳴が、自分の口から漏れるのをティリータは耳にする。

「直撃、二〇から三〇。防御できません!超光速弾頭!」

耳を抑えても震える鼓膜を通して、スレイドルの戦術予報士の上ずった声が聞こえた。

途切れることなく連続した震動がスレイドルを襲う。

重力制御された艦橋の最深部に座すティリータのもとにまで衝撃が達していた。一番防御の硬い部分のはずだった。

「め、メル……」

情けないと思っていても、震えを止めることは出来ない。

その隣で家庭教師のメルヴェリア・ハーレインは悠然と立っていた。

第三重征師団の軍事参謀長を務める女傑はこの程度の衝撃で揺らぐものではなかった。

「きゅ、救援は」

「……第三師団はこの戦場には投入しない。そういう取り決めでしたから」

フェレス復興軍が主導するこのナーベリアの戦いでは、第三重征師団はさらに後方で待機している。

ティリータとフォーント・カルリシアン侯爵が座乗する第三師団旗艦スレイドルだけが、戦場の観戦のために、わずかな護衛艦とともに突出していたのだ。

戦況変化に伴い、スレイドルは第三師団に合流すべく後退。第三師団もまた旗艦を保護すべく前進を始めていたが。

「どのみち神速騎士相手には間に合いません」

メルヴェリアの見下ろす外部映像で、無数に撃ち込まれた超光速弾でスレイドルの光速砲台、推進機を始めとした外部出力機を全て破壊され、護衛艦隊も同様に無力化されていた。

バルト艦隊との交戦で消耗しているはずだったが、一息に殺さないだけの余力が相手にはあった。

「ご心配には及びません。彼は貴方を傷つけるような真似はしませんよ」

メルヴェリアの冷静さがティリータにはひどく冷酷に聞こえた。


ゆっくりと第三重征師団旗艦スレイドルの艦体が、紅零機ゼムリアスと同調したゼト脳裏に映し出される視界の中で近づく。

ゼムリアスが自動的に敵艦隊の動体、熱源を判別して狙撃し、敵の無力化を図る。

その作業は機体に任せ、ゼト自身の注意はスレイドル艦上で大破した敵軍将機に向けられていた。

第三重征師団団長機、轟重機ディンブル。

先の神速剣で撃破した手応えはあると思っていたが、上級軍将が相手となれば油断はできなかった。残骸が残っている以上、復活の可能性は否定できない。

ゼト自身の操作で、超光速砲がディンブルに撃ち込まれる。

軍将機と言えど大破してしまえばその特殊装甲も意味をなさない。

身構えていた以上にあっけなく、膝をついたまま超装機の巨体が粉々に吹き飛び、スレイドルの上から消滅した。

ゼトは止まらない。

ゼムリアスはそのままの勢いでスレイドルを切り裂き、最深部の艦橋に入りこんだ。


『……ご無沙汰しております。ティリータ皇女』


ぞっとするほど冷たい声が、ゼムリアスから放たれる。

敵の侵入を許しても、スレイドルの機能は失われていない。

艦の防護装置と重力制御は無事なまま、ティリータは与えられた椅子の上から動けないまま、その巨大な刃の切っ先を喉元に突きつけられていた。

『貴方を逮捕します。これでこの下らない遊びは終わりだ』

「……あっ」

遊びではない、そう言おうとした口を塞がれる。顎の下から押し上げられた剣の切っ先で。

『——貴方の見解など聞く気はありません。もう聞き飽きた』

それは、過去の彼女に向けた言葉だ。

ただ笑って聞き役を務めてくれた青年の長年の答えだ。

ティリータは目だけで左右に助けを求める。

傍らにいたメルヴェリアはただ目を閉じて立っているだけだ。彼女は、上級騎士に抵抗することの無意味を知っている。

反対側にいたフォーント・カルリシアン侯爵は艦橋破壊時の衝撃で吹き飛ばされ、腰を抜かしていた。元から戦う人ではないのだ。

「……このまま終わるのが、一番平和な終わり方だと思いますが」

冷ややかな声だ。

元からメルヴェリアはこの蜂起に反対していた。その理由も全てティリータは聞かされていた。

それを聞き入れなかっただけだ。

「すでに申し上げたはずですが、リュケイオン陛下は最初から貴方に反乱勢力を糾合させ、敵対者を一網打尽にすることが狙いでした。

 あとは、貴方を捕らえて連れて帰れば終わりです」

その現実を認めるわけにはいかなかった。

「貴方は反乱者たちに陰謀を吹き込まれ、担ぎ上げられた神輿に過ぎません。世間は貴方をフェーダ復興派に騙された被害者だと扱うでしょう」

ゆっくりとゼムリアスが剣を僅かに引く。ティリータが口を開く隙間の分だけ。

「私はお兄様たちを――」

「……あの方たちは貴方が思っている以上に、貴方のことを心配しているのですよ」

「——そうやって、多くの人を簡単に操れると思ってるあの人たちを、絶対に認めるわけにはいかないのです!」

ティリータが悲鳴交じりの叫びをあげる。

目の前に突きつけられた恐怖に震えたまま、勇気を振り絞って声を上げる。

興奮して勢いのまま立ち上がったティリータに合わせて、ゼムリアスはさらに刀を引いていた。本当に、傷つける気はないのだ。


『では――あとは、陛下たちと話し合ってください』


現実は残酷だ。

ティリータのなけなしの勇気など、上級軍将すら一周する神速騎士を前にすればなんの意味もない。

ゼトには、ティリータの言葉に耳を貸す気もない。

力の差は圧倒的で、彼女にそれを覆す力はない。

「——わかりました」

冷ややかな声で、家庭教師が告げる。彼女は最初から反対していた。

メルヴェリア・ハーレインにはゼトを止める気はない。

「もう少し、お付き合いいたしましょう」


え?と予想外の言葉に思わずティリータはメルヴェリアに振り向き。

直後、彼女の真下から床を突き上げられた轟斧が、ゼムリアスの右腕を粉砕した。


轟重機ディンブル。

重征鎧将ウォールド=ウォルムナフ・ガルードの乗騎。

消滅したはずの鎧将が、スレイドル最深部に潜んでいたのだ。

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