第111話 ゼトの決死圏 中
「あの位置から……届くの、かよ」
父と同じ言葉をウォールドもまた吐き出す。
第三重征師団旗艦スレイドル艦上で、半壊した轟重機ディンブルが崩れ落ちる。
父ガラードに向けて神速剣が放たれたのを感知したのと、そちらに注意を割かれた一瞬の隙をついて撃ち込まれた神速剣を何とか防御したのはほぼ同時。
スレイドルへの直撃こそ防いだものの、ディンブルはその一撃で半身を吹き飛ばされていた。
「親父と……俺を同時に仕留める気だったのか」
すでにゼト・リッドの紅零機ゼムリアスは目と鼻の先。
だがまだ間にはバールスタイン・ベルウッド公爵率いるバルト艦隊があり、ゼトの注意は対峙する二騎の軍将に向けられているように見えていた。
だからその全てを無視するように別の戦場の鎧将機ガラードを狙ったのは予想外で、それすら自分の油断を誘う振りだと気づくのが遅れた。
くそっ、という自身の小さな呻きが遠くに聞こえた。
「——やった?」
肩で息をしながら、ゼムリアスの装主席内でゼトは視線だけを左右に振った。周囲の驚愕とは別に、ゼト自身にも余力はなかった。
最大最速の神速剣。上級軍将を一撃で仕留める大技を連続で放ったのだ。
赤熱した機体も冷却と体内循環が追い付かず、反応が鈍っていた。
その左右から挟み込むように二騎の軍将機が迫る。
バド・ガノンとマーセナス・パーシアス。
中級軍将二人を無視してはるか遠方の敵に全力を注ぎこむ。
そう動いた以上、消耗したままそれを迎え撃たなければならなかった。
右の打ち込みを天剣で防ぐ。強くしなる長刀が敵の剛剣をその刀身で滑らせ、しかしそのまま押し切られそうになる。
『貴様の力は知っている!』
怒号とともに強烈な思念が叩きつけられ、ゼムリアスの動きが鈍らされる。ゼトの動きは読まれていたのだ。
反対側からマーセナスの軍将機が、超光速砲を構えた。
超光速域で戦う両者にとって躱すには距離がなく、反撃するには遠い。
ゼトはバド・ガノンの攻勢に逆らわず、天剣を弾かせた。
直後にゼムリアスの足が長刀の端を蹴り下ろし、二重の力で弾き飛ばされた長刀が弧を描いてマーセナスの光速砲の砲身を切断した。
「——ァァッ!」
動きを読んでいたのはお互いに同じ。
ゼムリアスの他の武装に切り替えるには、距離が近すぎた。
ゼトの放った手刀が、バド・ガノンの軍将機の装主席を貫く。
防御した腕ごと左腕を突き刺し、その反動で空いた敵左側面の脇腹を抉る様に右の手刀を突き通す。
それまでの戦いでじわじわと削り合っていた故に、敵の防御の弱点をゼムリアスは記録している。その一点をゼトは強引にぶち抜いたのだ。
中の軍将は即死だ。
マーセナスの軍将機が全身から光子魚雷を放ち、後退の動きを見せる。
消耗しているのは確実でも、最大の勝機を失った以上、敵にはとどまる理由がなかった。
「——ォォッ!」
塞がった両腕で敵軍将機を抱えたまま、ゼムリアスが全身を振り回す。突き刺した敵機を魚雷の雨を押しつぶすように投げ込み、軍将機に向かって叩きつけた。
軍将機の量子反応炉が超エーテルの塊となって爆発し、一瞬で恒星級の次元爆発が起きる。
マーセナスは逃げ遅れた。
「——
ゼムリアスにももはや追う脚はない。
その場で機体の全火砲を展開し、一斉射。
マーセナス機を援護する騎士団も艦隊もすでに残っていない。
ゼトは時間をかけて敵を削り続け、最後の神速剣二連撃の余波に巻き込む形で一掃したのだ。
ゼトにも余力はないが、マーセナスにも超光速弾の嵐から逃げるだけの力は残っていなかった。
抵抗虚しく、軍将機が超光速の光に削り取られ、砕かれていく様を最後までゼトは見届ける。敵の復元能力が彼の認識を上回っていれば、復活の恐れがあった。
エーテルの限り弾数を撃ち尽くしたゼムリアスが周辺の索敵を行う。
その間に、ゼトは大きく息を吸って、吐いた。
そのひと呼吸だけでも、身体に力が戻ってくる感覚がある。
「——ベルウッドは?」
最大の標的の探索を第一にする。
神速騎。超光速の数千倍もの次元領域にある機体の情報処理能力は宇宙艦隊にも匹敵するが、単騎であれば情報の並列処理が出来ず、その分手間取るのだ。
ゼムリアスが対象を察知し、望遠拡大画像を映し出す。
ゼトの放った神速剣が生み出した無数の自動艦の残骸。液胞が漂う中に引き裂かれたいくつもの死体の中にベルウッドの姿があった。
最後の瞬間に防御を図ったのか、元光速騎士の遺体はかろうじて原型を留めており、その服装から身分階級が判別できる。
上級軍将二騎を同時に討つ。その余波で残る敵艦隊を指揮艦ごと壊滅させる。
そして消耗した自分へ止めを刺しに来る敵軍将二騎を返り討ちにする。
ここまでの全てがゼトの狙い通りになった。
すぅーっとゼトはさらに大きく息を吸う。
回復力が戻ってきた感覚はあるが、長時間戦闘は流石に消耗が大きく、完全には身体が元に戻ることはない。
だが、残る敵艦は一隻のみ。
最後にこの大戦の仕上げが残っていた。
そしてゼムリアスの機体が光を超えて跳んだ。
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