第108話 救援劇 中
「13分艦隊、ですか?」
「過去に下級とはいえ二人の軍将を討った第一師団有数の部隊です」
ティリータの問いにメルヴェリアは僅かに焦りを見せた。
第一龍装師団副長アディレウスが率いる旗艦艦隊を除けば最強と言っていい。
「それは軍将ガルバーがいたからではないのですか?」
その横からフォーント・カルリシアン侯爵が口を出す。
彼の方がまだティリータよりは軍事に詳しい。
「第13分隊と言えばかつてガルバー直属の艦隊だったはず」
「そのガルバー殿が、配下を囮にして自分一人で戦功を独占することが珍しくなかったのですよ。支援なしで敵軍将を艦隊に足止めさせるようなことはよくありました」
現在は第七炎戒師団団長を務めるガド・バリオン・キンバー。
かつて第一師団第十三分艦隊を率いていた彼のその非道な戦いぶりは枚挙にいとまがない。
「……結果として、彼らは独力で軍将を討つことになりました」
ティリータは小さくかぶりをふる。
「先ほど、どんなに弱くとも軍将は軍将だと言っていましたが」
その通り、と家庭教師は頷く。
「軍将とは単騎で一個艦隊、師団級以上の戦力になるもの。文字通り規格外の存在です」
星海の戦における最大級の戦闘単位と言っていい。
「その軍将を討つ軍団がいれば、彼らもまた規格外の存在なのですよ」
かつてそうなれなかった軍師の言葉は、苦く、重い。
その静かな言葉の重さにティリータは気づかない。
「助けを向かわせるべきでは?」
「すでにファーランたちが向かっております、後は間に合うかどうか」
軍将バルドル麾下の超光速騎団の出撃を忘れていたティリータの前に、立体映像で現在の戦局が示される。
ベルウッド公爵率いるバストール艦隊と交戦する神速騎士ゼト。
神速騎士ザルクベインの足止めを行う上級軍将バルドル。
バルドルから別れ、第三の戦場に向かうファーラン=ガルード・ファルサング率いる超光速騎団。
鎧将ゴダートに追い詰められた愛居真咲を救わんと包囲する第一龍装師団の構築する第三の戦場は、
例え超光速で動けたとしても、拡大した宇宙の戦場から戦場へ移動するのは簡単ではない。
時間が必要だった。
『グライゼル、離脱!客将を収容しました』
よし、と包囲する第一龍装師団第二分艦隊艦上で戦略補佐官ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルは小さく頷く。
超音速騎士。
光速艦との動力連結で初めて亜光速に達する彼らは、何千光秒も先の状況を
光速艦の超長距離観測機能を以てしても観測と確認の間には時間差が生じる。
その差を埋めるのが時空魔術と未来予知による観測結果の先取り。
光速艦の思考結晶と同調した
もちろん、未来予測は完璧ではない。
それを艦隊規模の情報連結により予測する光速艦と
ウェルキスに見えるのは、同調した機体の観測機が映し出す広大な宇宙と、その先で生じた巨大な空間の歪み。軍将同士の超戦闘領域だけだ。
艦隊の観測情報を信じる以外にはない。
「離脱支援。準備!」
第二分艦隊第五支隊指揮艦の艦上に立つ戦装機ジャルクスからウェルキスの指示が飛ぶ。
『待てよ。本気で軍将相手に喧嘩売るってのか!』
第二分艦隊超音速機隊隊長カエルムが、全力で抗議する。
冗談ではない。巻き添えはごめんだ、と機体越しでもわかる。
「一時的に注意を惹くだけだと最初に言ったはずです」
「それが冗談だって言ってんだよ!」
「……彼は、マナイマサキはゼトのお気に入りです。今、僕たちが何もしなければ、見殺しにすればどのみちゼトに殺される」
ぞくり、とカエルムの機体が震えた。
神速騎士と上級軍将どちらを相手にしたいかと言えば、どちらも嫌に決まっている。
「御曹司!いけるぞ」
二人の会話を遮るように、
「よし。——点火!」
ウェルキスの指示とともに、すでに展開済みの戦装機部隊が一斉に<
撃ったのは部隊前方に並んだ自動艦隊に向けてだ。
対艦兵装である<
その機能を使い、鹵獲した敵自動艦の動力炉を暴走させるのだ。
敵艦の鹵獲は難しくはない。
フェレス復興軍は自動艦により構成された一千万艦隊、分裂し最大4千万隻以上にも及ぶ巨大艦隊だ。
破壊され、残骸からの自己修復中の船を<
それらを集めれば数百隻、包囲艦隊全体では万を超える自動艦を鹵獲できていた。
自動艦には敵の手に渡る前に自爆するよう自沈処理を施されていたが、それも妨害は可能だ。
その性質上、敵の手に渡れば逆用され得る自動艦は、再利用と鹵獲阻止のため強固な自律防御機能と自滅機能を備えている。
制御機能そのものを書き換えることは困難だが、動力炉を暴走させるだけなら外部から複数の<
炉心が暴走した自動艦は光速を超え、超光速まで加速する。
龍装師団の包囲艦隊の魔導機関が、誘導引力にて超光速化した自動艦の進路を包囲中央の鎧将機ガラードに向けて誘導する。
『狙うなよ!前に撃てばいい』
師団戦力を全く消耗させることなく、敵の鹵獲兵器の処分と敵軍将への牽制を両立する一手だ。
愛居真咲とゴダートの戦いが始まった時から、ウェルキスはこの準備を進めていた。
艦隊戦はすでに趨勢が定まっていた以上、龍装師団には敵艦隊を追う必要も余力もなかったため、戦後処理の前準備のようなものだ。
包囲した艦隊がそれぞれが鹵獲した超光速の特攻艦を一斉に放つ。
ウェルキスの眼には、自分の見える範囲でしか見えないが、艦隊と情報連結した機体の戦局図には、全方向から鎧将機に向けて万を超える超光速の矢が放たれる様が提示されていた。
全ては観測と予測に沿って事態を動かしていくしかない。
超光速どころか光速未満。
超音速騎士であるウェルキスには、自分の力だけでは状況を動かせない。
扱えるのは非常時に分裂した艦隊を動かせる程度の指揮権と自分の知略。
少し、結果を待つ時間が必要だった。
ほんの十秒程度。
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