第104話 その血の運命
「——修羅閃迅……」
「
自ら放った光速拳の軌道を逆になぞる様に撃ち返された拳打の嵐を前に、愛居真咲は全身を打ち据えられて床に沈む。
「どうした、そんなものか」
冷ややかな声とともに、悠城想人はその姿を見下ろしている。
執務机から席を立つことすらなく、片手で自分を下した男を前に、真咲はゆっくりと立ち上がる。
「……何故」
悠城想人に勝てないのはわかっている。
国家を裏から守護する霊組織、護法輪。
その総代にして最強の戦士こそが悠城想人。真咲の父、愛居真人が使える主君でもある男だ。
気になっているのはそんなことではない。
「弟の技を使えるのがそんなに不思議か?」
「……祖父の、鬼人の一族だけが使える技だと聞いた」
「確かに、全く同じというわけではない。真人の拳を参考に私なりにアレンジしている。ゼト君もそうだろう?」
――修羅光刃閃。ゼト・リッドも同様に真人の音速拳を応用した超光速剣を編み出している。そのことは他ならぬ真咲自身がよく知っている。
「そういえば、お前にこの技を見せるのは初めてだったな」
悠城想人は悠然と右の掌を開く。
光速の拳を無数に撃ち込みながら、真咲の身体には傷一つつけない。
想人には執務室を無駄に汚す気もなく、甥を痛めつける気もなかった。そもそも真咲には痛覚という感覚自体がほぼ残っていないが。
「だが見ての通り、この程度の技なら私にも使える」
ぴくり、と真咲の眼に再び殺気が籠る。
修羅閃迅拳は父、真人から伝授された必殺拳。祖父、降魔の拳を必死の思いで模倣し、継承し、そして我が子、真咲に伝えた唯一の拳技。人間であった父が、鬼である祖父と自分の間で繋いだ唯一のものだ。
「自分たちだけが特別だと思わないことだ。宇宙はいざ知らず、少なくとも今この時点において、この私はお前の上を行く」
だが、怒りを覚えても真咲は想人に反論はしない。
覆せない現実を見せつけられた以上、何も言えることはない。
「お前は宇宙に出て、自分の才能だけで渡っていけると思うか?」
「……ゼトはそうしている」
「——確かにそうだ。だが、お前はそのゼト君に勝ちたいんだろう?」
伯父の言葉は澱みない。
悠城想人はわかっていたのだ。こうやって真咲が出ていくために、まず自身に断りをいれようとすることを。
だから、伯父には自分を引き留めるだけの理由がある。
「確かにお前は強い。才能だけでもあと数年もすれば私を超えていくだろう。だが、それはこの国で、この地球での話に過ぎない」
悠城想人もまた傲慢。自分がこの星で最強であるという自負がある。
「——2年だ」
想人の言葉に真咲は小さく首を傾げた。
「出ていくのは2年待て。その間に、お前に足りないものを教えてやる」
抵抗があった。
悠城想人は確かに強者だ。
だが、真咲にも父と祖父に戦闘術を教わった意地がある。
この上、誰かに教わることには抵抗があった。
「……何故」
なぜ、自分を鍛えようとするのか。
「——お前が私より強いからだ。いや、強くなるから、だな」
「貴方がさらに強くなればいい」
「無論だな。だが、別に自分に拘る必要もないというのが私の結論だ」
悠城想人には実子もいる。年は真咲より5つ下。すでに想人自身が自ら鍛える後継者候補だ。
だが、我が子一人に拘る気もなかった。
「今は亡き師父、
ただ、可能性を増やすだけだ」
悠城想人は育ての親とであった老人の姿を思い出しながら静かに語る。
流箭罪火は真咲の祖父である降魔の後見人であり、幼少期の父、真人の育て主でもある。血縁はないが、真人からみて祖父、真咲にとっては曽祖父に当たる存在だ。
当時護法輪総代の地位にあった男は、自ら引き取った血の繋がらない二人の少年を自身の後継者として共に育てた。
結果として、その能力、思考法、組織の運営手腕の多くを学んだ悠城想人がその後継者となり、同じく師のやり方をもっともよく知る愛居真人は想人の側近となる。
その序列は、二人がともに育つ中で自然と出来上がっていた。真人が想人より3歳下であることではない。
師父罪火の流儀をより色濃く受け継ぎ、それを超えていく意思を想人が示していたからだ。ゆえに、真人は当然のようにその補佐を志していった。
「……何の可能性を?」
真咲はゆっくり反駁した。
「我々が、我々自身の力で星海にどこまで価値を示せるか、だ」
悠城想人は、私生児であるその出自ゆえに血縁に拘らない。
彼もまた師や弟同様に、自分で自分が認めた『家族』と『仲間』を重んじる男だ。
そして愛居真咲はその中で最も期待をかけている甥であった。
同じ護法輪の名門の血を継ぎ、私生児として生まれ、忌み子として疎まれて生きてきた。
そして人並外れた力を備え、今もなお成長を続ける真咲を、悠城想人は誰よりも見込んでいた。
「私についてこい真咲。俺たちが、その力を示す」
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