第61話 神速騎士
「戦わない?それはどういうことでしょうか?」
軍議で発された言葉に、フェレス復興軍盟主ティリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォルは首を傾げた。
「今申し上げた通り、神速騎士二人とは戦う必要がないということです」
一方のバーンスタイン・ベルウッド公爵は深く頷いて、立体映像を操る。
「砲撃戦後の接敵時点で、我が方の艦隊戦力を秘匿分を合わせておよそ1700万と仮定し、このうち400万をゼルトリウス卿に、同じく400万をザルクベイン卿の足止めに置きます」
立体映像内で復興軍の戦艦群が3つに分かれ、敵軍を同じく分割した立像に対して向き合わされる。
「残る900万艦隊で、龍装師団艦隊及び指揮官のアディレウス卿、そして黒獅子を叩く。これが今回の戦術策となります」
指揮棒を掲げ、自信ありげに言い放つベルウッド公爵に対して、ティリータはまだ話についていけていなかった。
「足止め……ですか?」
光速戦艦400万隻、上級師団4個分という数を知識として持つティリータには、その数で足止めしかしない、というベルウッド公爵の戦術案自体に理解が追い付かないのだ。
「無論、アドル……シュテルンビルド伯爵と超光速騎士もこちらに加わります」
その戸惑いを、戦力の不足への不安と解釈したのか、ベルウッド公爵は畳みかけるように戦力を追加する。
それでも、足止めが目的なのだ。
それが正しいのか、とティリータは左右に控える家庭教師のメルヴェリア・ハーレインと、その夫のウォールド=ウォルムナフ・ガルードの二人に目だけで問いかけた。
第一等戦略資格を持つメルヴェリアと、軍将である重征鎧将ウォールドの夫婦はティリータの軍事顧問としての側面を持つ。
「神速騎士は、戦場で討ち取ることは至難の業ですから」
「対抗するには数より、戦術のほうが重要だな」
メルヴェリアの言葉を、ウォールドが補足した。
そのやり取りを前にして、ベルウッド公爵も自分の思い違いに気づいたらしく、無言で頭を掻いた。
それでもまだ得心のいかないティリータに対し、ウォールドは指を鳴らし、立体映像に別の画像を映し出した。
「軍将や超光速騎士ってのは、実際には常に超光速で動いてるわけじゃない。通常は光速域、最大で超光速域にいく。
それに対して光速騎、光速戦艦は通常が亜光速、最大速度で光速に突入する」
立体映像の中で、一騎の超光速騎に対し光速騎、光速戦艦が多数で追いまわす。
徐々に失速する超光速騎に対して、追跡する光速機体群は失速すると別の機体に後退して一定の速度を保ち続ける。
そして、超光速から光速へと速度領域を落とした超光速騎に、追いすがっていた光速機群が一斉に襲い掛かる図だった。
「これが光速機の数で超光速騎に対抗する基本だ」
ウォールドが再度指を鳴らし、映像が再び切り替わる。
「一方、神速騎ってのは常時超光速、最大で神速、つまり光速の一千倍以上」
同じような立体映像だが、今度のものは全く違う。追撃する光速機群は一度も距離を詰められないまま次々と失速、脱落していく。
「超光速騎複数なら神速騎に対抗する術もなくはないが、超光速騎は狙って数を揃えられるもんじゃないから、数押しがそもそも通用する相手じゃないのさ」
三度目の映像では神速騎に対して超光速騎が複数で挑み、返り討ちに合うさまが映される。
「……お父様は、軍将を率いて超神速騎士、剣帝エルディアを討ったと聞きます」
「ありゃ地獄だよ」
二段階次元領域の違う敵を討った父についての少ない知識を引き出したティリータの言葉に、その戦に参加していたウォールドはぞっとするような呟きを返した。
「あんな真似、二度とできないし、やりたくもない」
いつもは軽快な口調のウォールドが、言葉少なに返す。
「だから、スオウは奴の子を殺したのさ」
ティリータの父グラスオウは実の姉の子を、剣帝と姉の間に生まれた男の子を産まれた直後に殺したのだ。
その事実は、それを知った時から今日までティリータの心に暗い影を残している。
「——よろしいですかな?」
そのやり取りを、ベルウッド卿が中断させる。
「先ほどの戦術案をもって、神速騎士二人と龍装師団を切り離し、龍装師団及び軍将二騎に対して900万艦隊、およそ三倍の戦力でこれを壊滅せしめる。これが今回の戦術策となります」
「あ、はい」
慌てて、ティリータはベルウッド公爵とその同じ円卓に座る復興軍の幹部たちに向き直る。
「……あくまで、龍装師団のみを狙うということなのですね」
「左様です」
ベルウッド公爵の言葉に、背後でライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵が鼻を鳴らすのが見えた。
軍将としての実力に自身のあるシュテルンビルド伯爵は、あくまで正面から戦いたいのだ。
「ハーレイン殿の言われた通り、神速騎士を戦場で討ち取ることは困難」
シュテルンビルド伯爵の不満を受け流し、ベルウッド公爵は話を続ける。
「しかし、神速騎士と言っても彼らもまた人なのです。
眠りもすれば食べもする。軍団の支援なしに不眠不休で戦うことは出来ません。
軍が敗走すれば、彼らもまた引くしかないのです」
……かつて剣帝エルディアを打ち倒すまでに10日以上戦い続けたという記録があることはお互いあえて触れなかった。
「この戦はあくまで前哨戦。無謀な真似をする必要はありません。
勝てば、失った戦力は後方基地より補充が可能です。
我々はあくまで大局的な視点を持って戦略を練らねばなりません」
だからこそ神速騎士は後回しにするのだ。とベルウッド公爵は強調する。
「殿下は第三師団とともに、我々の戦いをご観戦ください」
暗に、第三重征師団には後方待機を示唆する公爵の言葉を、重征師団団長ウォールドは鷹揚に受けた。
彼としても優先すべきはティリータの安全の確保であり、戦地に立つことではなかった。
ベルウッド公爵の目の前で、巨大な塊となった10万艦隊が一瞬にして切り裂かれる。
神速剣。
光速の一千倍以上と言われる観測も予測も不可能な破壊の嵐は、超光速剣をはるかに凌駕する。
「つくづく……見るだけで寿命が縮むな」
見ることすらできない、一瞬で生まれた破壊の跡を前にベルウッド公爵は深く息を吐く。
最初の砲撃戦より至近での神速剣の威力は、想像していた光景を遥かに上回っている。
それでも、これはわかっていたことだ。
今まで、そのための備えを積み上げてきたのだから。
「情報分析――修正完了しました」
「よし、始めよう」
リューティシア皇国第一龍装師団団長、神速騎士ゼルトリウス。
そしてその父にして初代団長だったザルクベイン。
この親子と戦う予測も備えもしてきている。
彼らが今まで集めてきた情報と、この戦場で新たに得られた情報をつき合わせ、その戦力を分析する。
そして、今まで練ってきた対抗策を実行に移す時が来たのだ。
「我々の役目はあくまで足止めだ。決して無理はするな」
主君に言上したのは決して虚偽でも誤魔化しでもない。嘘偽りない真実だ。
彼らでは神速騎士に勝てない。
「しかし――」
それでも勝つための方策は準備してきた。
その切り札をいつ切るかの判断は彼に与えられている。
「……あの、司令官」
「なんでしょうか、殿下?」
「先ほど足止めと言われましたが、神速騎士には追い付けないのではないでしょうか?」
ティリータの疑問に、もっともなことだ、とベルウッド公爵は頷いた。
「よい質問です。たしかに、彼らには我々の策に付き合う必要はない。
神速騎士に戦場を自由にされてはすべてが破綻してしまう。
そこで、彼らには私が対応します」
え、とティリータがベルウッド公爵の顔を見返す。
「私とそこの機人、ドナウ・ガーフレンには対神速戦術があります。
よって、私とドナウ・ガーフレンがそれぞれ400万艦隊を率いてゼルトリウス、ザルクベイン両名に当たります
彼らにしてみれば、指揮官である我々を討てばこの戦場での勝利が確実なものとなる。必ずこちらの誘いに乗ってくることでしょう」
「それは……公爵自身が囮になるということでしょうか?」
「我々がゼルトリウス卿を討てば我々の勝ちですから。
お互いに、勝機があるということです」
ティリータの不安を、公爵はあえて笑い飛ばした。
「私とて武人の端くれ。力及ばずとも軍団の力をもって神速騎士を討つ。
その可能性があるなら、そこに乗ってみたくはあります」
公爵の挑戦的な目が、不安げなティリータを逆に見返している。
「無論、妃殿下にとってはそれも不安であることと思いますが」
「……いえ、私とゼトには、もう何もないですから」
幼い頃からの許嫁であった年上の青年の顔を、ティリータは心の中で振り払う。
では、とベルウッド公爵は話を打ち切る。
「……ご武運をお祈りします」
精一杯吐き出した少女の言葉に、公爵と背後に控えていたフォーント・カルリシアン侯爵が深々と頭を下げ、その様子をマイレイ・サイズレート男爵が冷笑をもって眺めていた。
「この戦場にて、我々が第一師団を打ち砕く!」
ベルウッド公爵が、神速騎士ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアの駆る紅零機ゼムリアスを前に、その右手を振り上げ、振り下ろす。
その命令に従い、布陣を完了した400万艦隊がゼムリアスへ一斉に砲撃を開始する。
リューティシア最強と謳われる第一龍装師団、そしてそれを率いる三代目団長ゼトへの、フェレス復興軍の挑戦が始まった。
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