第59話 軍将

「軍将級……ですか」

「そうだ。団長と一緒にゼトが連れてくる」

リューティシア皇国第一龍装師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズの言葉を、師団第二戦略補佐官ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルは反芻する。

「それで陛下と竜撃隊の来援を断ったのですか」

当初の予定では、龍装師団はアウェネイア銀河外縁にて、皇都シンクレアから竜皇リュケイオンと直下の竜撃隊、そして竜撃隊隊長ラギアンと合流し、第二魔鏡師団及び予備隊を糾合して、迫りくるフェレス復興軍艦隊を迎え撃つ予定だった。

敵戦力として推測されていた1000万艦隊に対抗するには龍装師団だけでは無理があるとの戦略判断である。

だが、龍装師団の指揮権を持つ副長アディレウスは、地球からの通信を受け取ってすぐに師団に前進を命じたのである。

神速騎士と軍将が増援に来るとなれば、彼らの主君である竜皇リュケイオンを危険にさらす必要はないという判断であった。

それでも、二人だけでは当初予定されていた増援には足りない。

勝つ必要はない、と副長は嘯いた。

「戦力に不足はない。敵の出鼻をくじき、アウェネ近海での防衛陣地の構築の時間を稼げばいい」

嘘だな、というウェルキスの感覚は口には出さない。

龍装師団が最初から勝つ気もなく動くことなどありえない。

単に、負けそうなときに逃げるのを躊躇わないだけだ。

最初に敵を殴りつけるのは自分たちであるという自負が、副長を動かしている。

ダメなら逃げるだけだから、やらないという選択はなかった。

「ザルクベイン将軍はともかく、愛居真咲……ですか」

かつてリューティシア皇国最強の戦士であった神速騎士ザルクベイン・フリードを知らないわけがない。

彼がリューティシアにいたのはウェルキスが子供の頃の話だが、その後から今に至るまで剣臨軍将ザルクに匹敵するのは同じ神速騎士である竜皇リュケイオンか、息子である次代団長ゼルトリウスだけだ。

彼が最強を誇ったのは10年以上前の話だが、ウェルキスがその実力を疑う必要はなかった。

問題は、もう一人。

「フォルセナ獣王レオンハルト公より獅子王機を下賜された以上、その実力は確かであると思いますが」

「——確かに、戦場では今回が初陣だな」

フォルセナ獣王国の第二王機、獅子王機改め獅鬼王機エグザガリュードとその装者に任命されたという黒獅子、愛居真咲についてはあまりに情報が少なかった。

わかっているのは地球での戦いでクノークの神速騎士、皇騎士クラトス・クラリオスがその力を認めたということと、天狼ザルヴァートル・ギスカを一騎打ちで討ち取ったということだ。

放浪の超光速騎士、傭兵ザルヴァートル・ギスカを打ち倒した事実から、その戦闘力が超光速騎士として十分な力を持つことは間違いないのだが、それが戦場でどこまで発揮されるかはわからなかった。

超光速騎士であることと、軍将であることはまた異なる。

軍将とは、単騎で軍団級の戦力を発揮する存在だ。

求められる戦闘力の性質がまた違う。

だが、獣王レオンハルト、フォルセナ最強の神速獣戦士である獣王が、フォルセナの王機を授け、フォルセナにおける獣将に並ぶ軍権代理人、黒獅子の称号を与えたのは決して伊達や酔狂ではないはずだった。

「副長は、黒獅子にお会いしたことが?」

「3年ほど前の話だがな。だから期待している」

現団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアが、ゼト・リッドを名乗り武者修行の旅に出ていた頃、彼の同行者である男、愛居真人の息子を弟のように可愛がっていたことはウェルキスにも覚えがあった。

その愛居真人の故郷である地球という惑星にたびたび遊びに行っていたことをウェルキスも知っている。

「だから、君たちに愛居真咲への同行と支援を任せたい」

アディレウスはウェルキスの背後に控えていた第13分艦隊司令ヴォルツと分艦隊旗艦グライゼル艦長クラーケンに目を向けた。

「かつてガルバー麾下だった君たちが適任だろうと思ってね」

そのために自分たちのところまで来たのか、とウェルキスは得心する。

艦隊内での光速通信を使わず、わざわざグライゼルに副長自ら足を運んだのは、戦力が未知数の存在に同行させることを説得するためなのだろう。

「そりゃ構いませんが……」

「奴より性格はまともなんでしょうな?」

ヴォルツ司令とクラーケン艦長。かつて13分艦隊を率いていた軍将ガルバー=ガド・バリオン・キンバー配下の二人が副長に文句をつける姿に、息子であるウェルキスはため息をついた。

「気にする必要はない。奴に比べればはるかに扱いやすい男だ」

「……あの人を比較対象にしたら誰でもまともな気がしますが」

「苦労しているな、君も」

ウェルキスのつぶやきを前に、三人が一斉にその視線を向けた。

この中で、ガルバーに苦労させられたことがない人間はいなかった。


「まあ、とにかく、君たちの方で上手く使ってくれ。やり様は任せる」


要件を済ませ、アディレウスがグライゼルの艦橋から姿を消す。

超光速騎士であるアディレウスには、宇宙戦艦の気密も装甲板も何ら障害にならなかった。

「……副長がべた褒めするほうがよほど恐ろしいのだが」

「これは厄物でしょうな」

顔を見合わせて肩をすくめる司令と艦長を前に、ウェルキスはため息をついた。

この銀河には、彼より若く、桁違いの強さを持つ存在などいくらでもいる。

その事実に子供の頃から何度も直面して慣れたつもりでも、いつでも割り切れるとは限らないのだ。



視界のはるか彼方で光が瞬く。

ウェルキスの駆る装機ジャルクス。指揮官機として情報処理能力を強化された機体が、現在の彼がいる第2分艦隊の位置から遠く離れた第13分艦隊の状況を映し出す。

13分艦隊を率いていたグライゼルの前に立ちはだかっていた膨大な数の敵艦隊が瞬く間に切り裂かれ、紙屑のように宇宙に散っていく様が、そこからでも見えた。

彼方で瞬く光が一分程続き、そしてグライゼル周辺の10万隻にも及ぶ敵艦隊はその全てが宇宙を舞う紙吹雪と化した。

それをエグザガリュード一騎で成したのだ。

つくづく、軍将と呼ばれる存在の力を思い知る。

愛居真咲は、副長アディレウスの期待通りの存在だった。


「——御曹司!」


装機の自動迎撃に任せ、自身は戦況確認に勤めていたウェルキスのジャルクスに敵機が迫る。

愛居真咲がいかに強くとも、彼の手は別の戦場にまで届くものではなかった。

敵の数は膨大なのだ。

一戦場での働きは、敵の大軍に影響を及ぼすに至らない。

ウェルキスはジャルクスを直接操作に切り替え、迫る敵を即座に撃ち落した。

だが、視界には即座に次の敵機が、その向こうにさらに複数の敵機が映る。

第二分艦隊指揮艦ベンデットの対空迎撃網と、艦上で随伴する装機による砲火でも敵のすべてを討ち果たすには足らない。

敵機の向こう側には敵自動艦隊の姿もあった。

装機に艦隊の迎撃能力を必要以上に割かれてしまえば、今度は敵艦隊の砲撃が、第二分艦隊を撃ち抜く。

今はかろうじて均衡を保っているに過ぎなかった。

「糞がぁ!」

第二分隊隊長カエルムのジャルクスが悪態をつくのと、全方位から迫る敵装機が横からの光の軌跡で一掃されたのはほぼ同時だった。

「——ッ!」

ウェルキスの驚愕が声になる前に、視界に映る敵艦隊も波打つ光の軌跡に一斉に叩き潰された。

その光は鞭のように長くしなり、その軌跡の先にある自動艦隊を次々に打ち据え、一撃で真っ二つに引き裂いていた。

宇宙戦艦の主砲でも、簡単には撃ち抜けないはずの防護障壁を無造作に引き裂くその光の軌跡の正体が、超光速で走る光の鞭であることをウェルキスは知っている。


「——副長か!」


その言葉を言い終えたころには、彼らの周辺の敵艦隊は波にのまれたように消え去っている。

第一龍装師団副長アディレウス。

第一等戦略資格を持ち、13分隊隊長と兼任して師団戦略補佐官を務めるウェルキスの直属の上司でもある師団副団長もまた軍将。

法礼機ミデュールで超光速の鞭を振るい、敵の大艦隊を一掃する軍団級の戦力を誇る超戦士だった。

「つくづく軍将というものは……」

戦艦が一対一で、超音速騎士である彼ら十数人がかりでようやく下す敵艦を、彼らは剣の一振り、手足の一振りでまとめて薙ぎ払ってしまう。


「御曹司、ぐずぐずするな!」


自虐している暇はなかった。

一掃された敵艦隊の残骸が、ブロック化された自動艦の破壊された中で無事な部分が再集合し、復活を試みようとしている。

どんなに強くとも、戦場の敵を全て殺しつくさせるわけではないのだ。

すでに、副長の鞭の嵐は別の敵艦隊集団に襲いかかっている。

倒しきれなかった敵にとどめを刺すのは彼らの役割だった。


「艦一隻、装機一騎として生かしておくな!確実に殺せ!」


怒号とともに残敵掃討にかかる第2分艦隊から遠くで、第13分艦隊が別の敵集団へ突入していく姿がウェルキスに見えた。

軍将に従うとはそういうことだ。

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