第57話 擬死
「数が合わない?」
リューティシア皇国第一龍装師団二等戦略補佐官ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルは、副長の言葉に首を傾げた。
「その通りだ。我々龍装師団相手に高々一千万艦隊で抗しようなど、見通しが甘いと言わざるを得ない」
戦闘前の軍議で、龍装師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズは重々しく指揮棒を叩いた。
「……単一銀河での戦力編成としては充分以上の戦力だと思えますが」
戦は単に数を揃えればいいという話ではない。
星海の戦争においては、軍団同士の戦いは光速戦闘艦でなければ話にならないのだ。
その点で50階位等級の光速戦闘艦を統一規格で一千万隻そろえたフェーダ銀河のフェレス復興軍は、充分以上の働きをしているとウェルキスには感じられた。
「彼らには十余年の準備期間があってそれかね?」
だが、彼の上官であるアディレウスはその回答では満足しなかった。
「超光速騎士以上の軍将、神速騎士は単一銀河単位で輩出できるのは世代を渡っても数人が限界です。光速戦闘艦の準備数と合わせて、10年あってもこれ以上を望むのは難しいと思いますが」
「戦とは勝つためにやるものだ、人が揃いませんでしたでは話にならん」
龍装師団の軍議において新参のウェルキスの役割は明確だった。
あえて常識論、一般論を提示し、副長アディレウスの意見を引き出すことだ。
「それに……前団長、ザルクベイン卿の帰還は彼らにとっては予想外のことだったはずです。それを考えれば、神速騎士とはいえゼト……団長一騎と副長、我々龍装師団に対して1千万艦隊は充分な戦力であると考えますが」
「まあ、僕も神速域に到達して間もないですし、実戦経験も浅いですからね」
自嘲気味に助け船を出したのは現団長であるゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアだ。
今や年下の上官となったゼトと、ウェルキスは子供の頃からの付き合いでもある。
「謙遜を美徳と考える人間は少なくないが、自己の正確な評価ができない人間は敵の狙いを見定めることが出来ない」
そのゼトを、第一の側近にして義理の兄であるアディレウスは一刀両断にした。
「君もだウェルキス補佐官。二等戦略資格者というのは、誰もが成れる役ではないという自覚はしてほしいものだな」
実戦経験の不足から、あえて常識論に徹するウェルキスも巻き添えで斬られた。
ウェルキスの持つ二等戦略資格とは、軍事学においては座学で到達できる最高位。
これ以上を望む場合、長い実戦経験と確かな実績が必要であり、二等戦略官自体が事実上の到達点とみられることも少なくない。
エリートとしての自覚を持てと言われているのだ。
「彼らはもとよりリューティシア皇国全体と戦う気だった。内戦である以上、国境線の守りから戦力は減らせないが、一戦場で神速騎士二人、つまり竜皇、リュケイオン陛下とゼトを同時に相手取るまでのことは想定していたはず」
「では、陛下とラギアン卿、そして竜撃隊と我々と戦うつもりだったということですね」
その通りだ、とアディレウスは頷く。
「そして陛下と竜撃隊の代わりにザルクベイン卿と黒獅子殿が参入した」
「僕が5、父上が5、義兄上が1、真咲が1。それと他の超光速騎士を合わせて1と師団で1として、およそ14個師団分。
フェーダは1千万艦隊に軍将のシュテルンビルド伯、残る超光速騎士を合わせて12、13個師団ってとこかな?」
ゼトがざっくりと指でお互いの戦力値を数える。
「……自分を五個師団級と数えるのが謙遜には思えませんが」
「——神速騎士なら最低限その程度の戦力にならなければ困る」
ウェルキスのやんわりとした皮肉を、アディレウスは冷ややかに返した。
彼にとっては未知の存在である愛居真咲を1個師団級として換算している点については言及を避ける。
音速騎士が限界のウェルキスには超光速騎士以上の存在はそもそも未知の領域であった。
団長であるゼトと副長アディレウスが愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュードの戦力をそう評価しているなら、彼には受け入れるしかなかった。
「しかし、そう考えると戦力値としてはほぼ互角か優勢ですか」
「無論、軍将級の戦力はそれ自体が師団艦隊とは運用方法が異なるので、あくまでおおよその見方でしかないが、竜皇とラギアンに置き換えても大差はないな」
敵より戦力を多く揃えるのは戦の常道だ。
ほぼ同数というのは、結果としてはあり得るが、10年の準備期間を考慮した場合では準備不足という副長の指摘はもっともだった。
「敵にはまだ伏兵があると?」
「もともとフェーダ銀河は皇国内での独立性から、本国の目が行き届きにくい面がありましたから。一千万艦隊も事前予測はされてましたけど、観測されたのは今回が初めてで」
「これに伍する予備兵力が観測領域外にある可能性はある。が、今回の戦で使う気なら増援は間に合わない」
ウェルキスとゼトの言葉を受けて、会議場に立体映像で展開された星海図を使って、アディレウスは彼我の戦力と周辺状況を強調して見せる。
フェレス復興艦隊の後方に距離を置いて第三重征師団が控えているが、それに対する第一龍装師団側も第二魔鏡師団と予備隊の到来予定があった。
この両者の戦場到達時刻はほぼ同時である。
「となると敵戦力内部に隠し玉があると考えるべきですが」
事前偵察と観測された情報ではそれを見通すことはできなかった。
元より、敵戦力というのは多少以上は見積もって想定するものだ。
想定を超えるなら倍近い戦力を秘匿する必要があった。
「敵艦隊の主力が自動艦であるなら、予測はある」
アディレウス副長の指から放たれた魔力波により、立体映像が切り替わった。
光速砲弾の雨が、その動きを止める。
ウェルキス率いる音速騎隊の眼前で3隻目の敵戦艦が爆発、轟沈する。
だが、彼らは次の標的を探すことは出来なかった。
「——隊長!」
配下の装機ジャルクスからの通信に対して、ウェルキスは動かず、その様子を見つめていた。
指揮官機として索敵、情報解析機能を増設したウェルキスのジャルクスが、それ以前に収集していた情報と合わせて状況分析を行っている。
「——まだ生きているぞ!」
爆発の中、飛散した敵自動艦の流体金属が金属状の突起を形成し、ウェルキスたち音速騎隊に襲い掛かった。
慣れた兵士たちは不意打ち同然のそれを正面から迎撃、無傷で切り抜ける。
流石の動きと言えたが、それはただの時間稼ぎに過ぎなかった。
敵艦表面の爆発が収束し、その中から銀の流体金属に覆われた船体が姿を現す。
「やはり無傷……いや、二の目か!」
ウェルキスは、ジャルクスの情報分析から、最初に撃沈した敵艦と、二番目の敵艦近くに滞留させていた中継器から、その二隻も同様に復活していることを確認する。
「囲まれるぞ!警戒!」
最初の敵艦から三隻目の撃沈までわずか数分の出来事。
そして、その三隻を結ぶ三角形の中に、ウェルキス率いる音速騎隊は入り込んでいたのだ。
「——自動艦の特性は言うまでもないな?」
「はい。流体金属による状況に最適な形態変化と、最少人数による艦機能の運営ができ、人的、物的なリソースを最大限、艦載機や戦闘員に割り振ることが出来ることが特徴となります」
アディレウスの話に合わせ、ウェルキスもまた立体映像を操作し、観測された敵艦の情報資料を呼び出す。
「その分、性能は流体金属の質に左右され、数ばかりの粗悪な量産品も多い。
逆に資金と工房さえ捻出できれば上級艦の大量生産も可能と両極端な運用をされますが」
フェーダ銀河においては貴族たちの支援により、フェレス復興軍はその中で最大限の高性能艦隊を一千万隻建造したということだ。
「さて、その自動艦だが、こういう使い方がある」
ウェルキスが呼び出した情報資料を、アディレウスがさらに操作する。
立体映像の中で二隻の同型艦が、その船体を半分ずつ構成し、上下に接続する。
二隻が合わさって全く同じ形状の一隻の船体に変わり、同様の合体を行った同型艦が無数に並ぶ姿が映像の中で映し出される。
「これが、彼らの隠し玉、ですか」
「圧倒的戦力で敵を倒す、というのは常道であるが、敵もそうそう負けるとわかっている戦に望むわけがない。勝てると思わせ、敵が挑んできたところを刺す。これもまた道理」
「やはり……船は二隻、あった!」
ウェルキスの周囲で、いや、今現在までに龍装艦隊と戦っていたすべての敵艦隊内で、次々と撃沈された艦が、無事な姿を現す。
それだけではない。
今戦っている敵艦、まだ一度も沈められていない敵戦艦もまた上下に分離していく。
龍装師団の艦隊が敵艦隊内に浸透、逆に言えば散開しきったのを見届けて、敵もまた真の姿を現したのだ。
戦場全体で、敵艦の数が一挙に倍近くに膨れ上がった。
「運用人数は通常艦と同数で二隻分の戦力として扱えるわけですね」
「理論上は何隻でも繋げられるが、艦性能自体が向上する部分はほとんどないからな。光速を越えられえるわけではない上に、砲火力も上限がある。
密度が上がっている分重くなるので、二隻分の出力はそちらに食われて意味がなくなる。ただ、生存性は格段に向上する。
三隻以上の合体はエーテリア観測との大きな誤差が生じるので、敵に気づかれないように数を偽装するなら二隻が限度だろう」
「前に戦ったことあるけど、合体状態だと全力攻撃でも二隻同時撃破は難しいくらいにしぶとくなります。正直、遠距離からだと二枚抜きは厳しいですね」
ウェルキスとアディレウスのやり取りを、ゼトが補足する。
「父上はどうです?」
「——同じだな。距離があるうちは、片方は取りこぼすとみていい」
それまで無言でいた前団長ザルクベインが、ゼトに問われる形で初めて発言した。
「そうなると、我々が戦うのは一千万艦隊ではなく、事実上、二千万ですか」
「先手で3~400万削ったとしてもおそらく1500万以上は残ることになる」
無表情で言い切った副長を前に、ウェルキスの顔から血の気が引いた。
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