第40話 薫陶

「やはりスウォル殿下は動かんか」

「まあ、当然っちゃ当然なんだけどな」

テーブルを挟んで向き合う父ゴダートの言葉に、軽い口調でウォールドは返す。

元第三重征師団重将ゴダート=ガルード・アンドレ・ゴルヴァトノフ。

すでに引退し、齢80(地球人年齢換算)を過ぎてなお、隆々とした体躯を持つ老将である。

父を前にすれば、初老の域に入ったとはいえ、現団長ウォールド=ウォルムナフ・ガルードと言えど軽口の一つも叩きたくなるというものだ。

「……で、姫様についてなくていいのか?」

「今また連中が大騒ぎしてるからな、めんどくさくて帰ってきた」

ウォールドの呆れたような返しの隣で、無言でゴダートから見て孫のバルドルがゆっくりと茶器をテーブルに戻した。

リューティシア第三重征師団副長バルドル=ヴァンダルフ・ガルード・ルイン。

ゴダートの武術の教え子でもある彼は、必要がなければそうそう喋ることもない。

「この国に正義はないのか!?だとさ」

もう聞き飽きたシュテルンビルド伯爵の決まり文句を思い出して、ウォールドは笑った。

またも狂騒状態に陥ったフェーダ貴族たちに付き合いきれず、ウォールドは息子のバルドルとともに戻ってきたのだ。

「まあ、わからんでもない。傍から見れば泥船でも、乗ってる連中には大切な船だ」

ゴダートはもとは宇宙海賊だ。さらにその前は亡国の軍人でもあった。

国を捨て、海賊に身をやつし、そしてまた竜皇グラスオウと出会い、彼に従って再び軍を率いる身となった。

物心ついた時から海賊だった末の息子とは違い、彼にはそれ以前の過去があった。

「付き合わされる方にはたまったもんじゃないぜ」

対する息子は海賊時代の口調に戻っている。

元々、グラスオウに従っていた頃からそうなのだ。

ティリータ皇女の家庭教師として妻のメルヴェリアが抜擢された時から、頑張って礼儀正しく装っているが、本質はそれ以前から変わるものではない。

そして引き取られたころから父と祖父が軍人だったバルドルは、海賊としての過去を持たない。その息子のデイルもだ。


「問題は、いつ退くかです」

バルドルが話を戻す。

「その気になれば、陛下はナーベリアで決着をつけることが可能でした。そうしなかったということは意味があるはずです」

必要がなければ喋らないというだけで、この無骨な孫は必要があれば饒舌だ。

「……演出だな」

「たとえ勝ったところで、生き残っている限りティルアを担ぐものは今後も現れる。殺したところで、次は弟のライフォンかティカを祀り上げる連中が出てくる」

「――で、あれば、勝ち方というものを陛下は考えているでしょう」

祖父と父の言葉を継いでバルドルは言葉を繰る。

リュケイオンの親友として生きてきたバルドルの言葉は父と祖父を誘導するように放たれる。

それに気づかない二人ではなかった。

「で、リュカの望む負け方ってのをしない限りは見逃がしてはもらえない、と」

頃合いを見て、元よりティリータを連れて逃げるつもりだったウォールドにとっては、息子が竜皇と通じていたとしても不思議はなく、不都合はない。

元から長年の戦友同士、竜皇の元から妻子を連れてこずに合流したというだけでも疑うには充分なのだ。無論、竜皇が二人を逃がすわけもないが。

対するバルドルも、内通者として疑われるような行動をとることはなかった。

元から彼は竜皇と内通などしていない。リュケイオンもまた親友にそんな迂闊な行動を指示するような真似はしない。

ただ、竜皇が望む状況を理解しているだけなのである。

バルドルは、流れの修正役としてそこにいるに過ぎないのだ。

「つまり皇都襲撃は、リュカも認めてるってことで良いんだな」

情報が筒抜けであることは予想の範囲内である。

お互い、友軍として20年来、轡を並べて戦って来た仲だ。

思考も性格も、両者ともに手の内などわかり切っている。

これは内戦なのである。

妻であるメルヴェリアが第一級戦略官であったとしても、彼女の指揮する第三師団戦略部門が、皇国戦略部のそれを凌駕することなどできない。

どんなに手を尽くしても出来ることなど限られている。

ナーベリアでの蜂起以前から戦略要諦を繰り返し検討しても勝ち筋を見出すのは極めて困難だった。

「ティリータ様の処遇を通じて、フェレス朝の血統の価値そのものを無力化する。陛下はそう考えられていると思います」

「……そこまで付き合わなきゃ逃げられんか」

「——見捨てるという手もあるがな」

バルドルの言葉を受けたウォールドの言葉に、ゴダートが応える。

「……今更、それが出来ればな」

「逃げるのはいつでもできる。できないというのはお前の思い込みだ」

親友の娘を見捨てられないウォールドの心情を、父はばっさりと切り捨てる。

「ちびたち全員を巻き込んでまで付き合うことか?」

「……それこそ今更だろ。ガキどももその気だし」

ゴダートがその才能を見出して引き取り、ウォールドの子として、戦士として育てられた子どもたちは、多くがティリータ皇女とも兄弟姉妹同然の付き合いで10年余りを過ごしてきたのだ。

今さら、子どもたちを皇女から引きはがすには遅すぎた。


「皇都の戦力配置はこれで全部か?」

三人が卓上の立体資料を手に、その情報を確認する。

多くは元々皇国軍の共通情報として保有されていたものに加え、バルドルが皇都から離れる際に持ち出した情報資料も加わっている。

皇国軍軍将二人の権限をもってすれば、リューティシア皇国軍全軍の詳細情報を事前に確認することなどたやすいことだ。

事前の戦術予測に、最新の戦力配置を加えたものを三人は見ている。

周辺銀河の鎮撫に派遣された第一近衛師団は皇都を去り、皇都惑星シンクレアは第二近衛師団が守備に就いている。

それ以外に竜皇直属の竜撃隊が存在しているが、その足取りは不明だった。

竜撃隊の行動を把握しているのはリュケイオンのみだ。

「——おそらくは、ただ――」

バルドルは明白な情報以外は口にすることをしない。

「ゼトが皇都に呼び戻される可能性があります」

ふむ、とゴダートは長いあごひげを撫でた。

「ベルガリアの件か」

「……虐殺について不問とはいえ、第一師団がそのまま先鋒を務めれば、降伏した各惑星の不安を煽り、武装解除が満足に進まなくなる可能性がある」

「——で、ある以上、立ち合いは第二師団が行い。団長は皇都へ呼び戻す。表向きは師団後継者への竜皇自らの注意喚起という形で処理できます」

「第一師団の運用はアディレウスがいれば問題ないからの」

第一師団はあくまでベルガリア殲滅により、後続惑星へ脅威を感じさせるための演出に過ぎない。

それさえ終われば、逆に後方で予備兵力として待機させる流れだった。

「となると、皇都には神速騎士が二人か」

「——それにおそらくザルクベイン将軍と愛居真咲が同行すると考えられます」

「加えて神速騎士と軍将とはな」

流石のゴダートからも余裕の表情が消える。

神速騎士というだけでも超光速騎士である彼らの上位である上に、自分たちと同格の軍将が一人追加される。

いかに神速騎士とはいえ超光速騎士である他の子どもたちを加えれば、竜皇リュケイオンを抑えることは可能だと踏んでいたが、そこに加わる戦力は開戦前の予想をはるかに超えている。

「ゼトめ……そのつもりで連れて来たか」

「——おそらくは」

どこまでも、バルドルは断定を避ける。

元々、伏兵として潜んでいるだろう竜撃隊と竜皇リュケイオンだけでも勝ちがたい相手なのだ。そこにゼルトリウス公子が加わるまでは予測していた。

神速騎士三人に軍将一人という戦力構成は、敵対するにはあまりにも巨大に過ぎる。


「……愛居真咲、ナーベリアの勇者だな」

ゴダートは感慨深げにつぶやく。

この中で直接相対したのは、ナーベリア海戦で戦ったゴダートだけだ。

「——あんた負けたしな」

そのナーベリアにて年甲斐もなく戦場に出た挙句、返り討ちにあった父にウォールドは冷ややかな視線を向けた。

「負けておらん。ガラードがついてこれなかったのだ」

機体に責任を押し付けて老人は胸を張る。

重征将機ガラード。ゴダートとともに戦い続けてきた軍将機に至ってはすでに4千歳を超える超高齢騎だ。

未だに現役で戦えるのが不思議なほどだった。

だが、その強さを二人は知っている。今は現役時代より衰えたとはいえ、軍将としての老人の強さはいまだ健在だった。

愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュードは、そのゴダートと軍将機ガラードに匹敵する強さだということだ。

それが偶然ではないことは、軍将カーディウスの死が証明している。

「ディガルドが助けにはいらなきゃあんた死んでたんだぞ。いい加減年を自覚しろって」

「……なんて息子だ。年寄りの数少ない楽しみを奪おうとするとは」

孫に救われた現実から目をそらす老人にウォールドは頭を抱える。

その隣で、バルドルは我関せずと自分の茶器に茶葉を注いだ。


「……自由戦闘のある老後」

「——笑えねーから黙ってろ」

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