第23話 崩壊の足音

人間というのは、誰だって自分の都合の良いように考えるものらしい。

第三重征師団団長ウォールド=ウォルムナフ・ガルードは、狼狽するフェーダ貴族たちの様子を眺めながら悠然と構えていた。


「アルミス、クレタ、トルニトン他10か国以上がリュケイオン陛下への忠誠を表明。

 ——エンドレアですら、竜皇に対し不干渉を表明しています。」

「誰が陛下だ!あの男は偽王に過ぎん!」

多くの貴族たちの視線を浴びながら、震える声で報告を告げるフェーダ貴族の下級官吏は、小さな怒声を浴びせられて悲鳴を上げる。

机に拳を叩きつけたのはライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵。

フォーント・カルリシアン侯爵とともにフェーダ貴族のまとめ役の一人だった彼は、侯爵が娘を失ったショックで自室に引きこもってからは、事実上のフェーダ貴族の首領となっている。

その伯爵が、青筋を立てて怒りを哀れな官吏にぶつけ、下級官吏は這う這うの体で会議場を退出した。

「ありえん!諸国はあの暴君を野放しにするというのか!あの男に従うと!?」

伯爵の怒号に、会議場に列席するフェーダ貴族たちは小さく賛同の声を上げる。

しかし、その歯切れは悪かった。

リューティシア皇国は単一の巨大国家ではない。

超銀河を支配する超大国であるリューティシアを中心に、様々な政体を持つ何十もの銀河国家が集う諸国連合ともいうべき連合国家である。

最大の軍事力を備え、銀河間の通商を管理するリューティシアが事実上の支配権を持つものの、国家ごとの自治権は維持する形でつながっている。

リューティシアが生前の竜皇グラスオウが拡大戦略をとる過程で、統合ではなく国家の拡大を優先した結果の連合政体である。

必然的に、リューティシア軍が最大規模とはいえ、各国家群は独自勢力を保っており、それらが糾合すればリューティシア皇国軍に頼らずとも、竜皇リュケイオンに対抗することは可能なはずであった。

惑星ベルガリアでの虐殺行為は、各国の反発を生み、彼らをフェーダー銀河のフェレス復興派のもとでまとめ上げる、というのがベルガリアでの一件を受けたフェーダ貴族たちの目算であった。

だが、その目論見は早くも崩れ去ろうとしている。

ベルガリア殲滅に関する竜皇リュケイオンの会見後、リューティシア皇国に従属する各国は先を争うようにリュケイオンへの支持、不戦、中立を表明し、フェレス復興派への同調を示す勢力は現れていなかったのである。

絶望が、彼らの間を侵食しつつあった。

「あの男に従っている限り、いつ気まぐれに殺されるかわからんのだぞ!なぜそれがわからん!?」

(問題はないのさ……背かなければ、な)

味方になると思った諸国へのシュテルンビルド伯爵の罵声に、上座に座るティリータ皇女の側に立つウォールドは心の中でつぶやく。

先代グラスオウ、次代リュケイオン両名に近いウォールドは、竜皇父子の敵に対する苛烈さと味方に対する寛容さの両面を知っている。

敵対しなければ、竜皇は恐ろしい存在ではないのだ。


リューティシアの従属国の多くは、先皇グラスオウの在位時代に痛烈な敗戦を経験している。敗北を機に、リューティシアの軍門に下ったのである。

そしてその多くの戦場で先頭に立っていたのは、ほかならぬグラスオウの長子である現在の竜皇リュケイオンその人である。

リュケイオンに敵対することの意味を、諸国は身をもって知っているのだ。

だが、フェーダ貴族にはそれがない。

四か国戦争時にリューティシアとの同盟関係を結び、平和裏にその傘下に入り、蜂起の時を待っていたフェーダ―銀河系の貴族国家群は、リューティシア皇国軍の戦力を知らずにいたのだ。

無論、情報としては彼らも充分に把握しているつもりであった。

彼らは彼我の戦力差を知りつつ、勝算ありと見て蜂起したのである。

だが、知っていることとその実感を持つこととは違う。

その実感を、今まさにフェーダ貴族たちは味わいつつあった。

「この国に正義はないのか!?」

その中で、シュテルンビルド伯爵だけが今なお気勢を上げている。

だが、それも長くは続かなかった。


「馬鹿な!アントンとクラニドが第一師団へ降伏したというのか!?」

次にもたらされた報告を前に、シュテルンビルド伯爵すら絶句した。

同じフェーダー銀河のフェーダ貴族の中からも離反する惑星が出たとの話に、議場はさらに混乱をきたす。

ベルガリアに最も近い二つの惑星領からの降伏宣言を皮切りに、次々と今までフェレス復興派に非戦、中立を宣言していた惑星群が離反。

それどころか、この場にはいない復興派所属の惑星貴族たちも復興派からの離脱の報告を上げてきていた。


「ウォル、どういうことなのです?」

困惑しているのはフェーダ貴族だけではない、彼らの主君であるティリータ皇女も狼狽している。

当然だ。彼女は未だに18歳(地球人年齢換算)。

フェレス復興派の中心として祭り上げられたとはいえ、二人の兄たちと違い、皇族としての教育のみを受け、軍事にも政務にも関わらなかったティリータには、状況を理解するのに助けが必要だった。

彼女の教育係であったメルヴェリアの夫、軍将ウォールドが軍事顧問として突き従っているのはそのためだ。

「ナーベリアで負けたからな」

ウォールドはあっさり言った。

その横で、養子であり、ウォールドの片腕でもある第三師団副長バルドルも静かにうなずいた。

ナーベリア海戦。

竜皇リュケイオンの即位と同時に行われた、ティリータ皇女を擁立するフェレス復興派の蜂起は、それを手ぐすね引いて待ち受けていたリューティシア皇国軍の前に惨敗を喫した。

惑星フェザリアに集う彼らフェーダ貴族が主導するこの戦いで、彼らがフェザリアに逃げ込むことが出来たのは、敗戦の殿を務めた第三重征師団の活躍に他ならない。

これ以降、フェレス復興派の軍事面は第三師団が中心となり、現在の状況に至る。

「ナーベリアで負け、ベルガリアも負けた。だれも次は俺たちが勝つことなんて期待できないのさ」

ウォールドは、見上げるティリータにこれみよがしに肩をすくめた。

「——となれば、負けた連中の巻き添えで自分も死ぬなんてありえないだろ?」

砕けた口調で、ウォールドは娘のような年頃の主君におどけて見せる。

フェーダ貴族の前でこそ、主従の礼を守って見せるが、妻が家庭教師になった繋がりで子供たちが、そのおまけで付き合いのあるウォールドには、彼女に臣下の礼を尽くす義理も義務もなかった。

亡き主君の娘であるというのは忠誠の理由にはならない。

彼らの目の前で、シュテルンビルド伯爵に煽られる形で喧々諤々と意味のない論争を繰り返すフェーダ貴族たちは、すでにティリータの方を見ておらず、息子のバルドルは養父の言動を注意するようなことはしなかった。

「しかし!兄上のやりようはあまりにも!」

「そういう遊びはあいつらの前でやってくれ、俺はそれに付き合う義理はない」

反論しようとしたティリータの言葉を無造作に切り捨てる重臣の姿に、少女の目に困惑が浮かぶ。

ウォールドには、彼女の理想主義に付き合う気はなかった。

「ウォル……あなたはなぜ、私に従っているのです?」

彼女に付き従っているのはウォールドとバルドルだけではない。

ティリータの家庭教師であった妻メルヴェリアとその間に生まれた子供。

そしてウォールドと父、ゴルヴァトノフがその才能を見出し、超戦士として育て上げた十数人の兄弟たちもまた彼女とともにある。

彼女にとっても年の近い友人たちだ。

彼らを巻き込んだことで、ティリータは心は痛めていた。

だが、ティリータの視線を向けられても、バルドルは動じない。

元より彼は、年の離れたティリータより、戦友としてリュケイオンの方に近いのだ。

その彼がなぜ自分に、彼だけではない。ウォールド含むガルード一家が第三師団ごと自分の味方してくれる理由が思い当たらなかった

「……約束だからな」

「——約、束?」

「スオウに頼まれた。お前の面倒を見てやれってさ」

竜皇グラスオウをスオウの愛称で呼ぶのは、彼の古くからの仲間だ。

主従ではない。

彼がまだリンドラス皇子として、何の立場も持っていなかったころからの仲間。

海賊として出会い、戦い、そしてお互いを認め合い手を組んだ。

生まれ育った国を追われ、取り戻し、リューティシア皇国を築き上げた友。

いつしか周囲からは主君と将としての立場として扱われていたが、それは彼ら自身の思いとは無関係だ。

重征鎧将ウォールドは、先代竜皇グラスオウの友だった。

「父上が、私を守るように言ったのですか?」

ティリータの声が震えた。

彼女は、父親に愛された実感がなかった。

何を言っても、いつも軽くあしらわれた覚えしかなかったのだ。

そんな風に思われてると、考えもしていなかった。

「上の三人はもう一人でもやっていけるが、お前には支えがいるとさ」

それは残酷な認識だ。

長兄リュケイオン、次兄リュクシオン、そして長姉サリア。

彼らはすでにそれぞれの役割を以って、自らの選んだ道を歩み始めている。

その下で、残された兄弟姉妹で一番年長のティリータには、まだそれがない。

それどころか、彼女は祀り上げられる存在でしかない、と暗に示している。

だが、その残酷さを彼女は気づかない。

「……父上は私のことを思ってくれていたのですね」

父に思われていたという事実にとらわれてている。

人としての情と、支配者としての判断。その全く異なる二つの思考が、同じ人物から出ていると思い至れないのだ。

父や兄たちと、ティリータの一番の違いはそこにあった。

彼らは、感情と思考を必要とに合わせて切り離して考えられたのである。


「皇女殿下!私に反乱者どもの討伐命令をお与えください。反逆者共に目にもの見せてくれます!」

シュテルンビルド伯爵に付き従う若いフェーダ貴族が怒りのままに拳を振り上げながら立ち上がり、上座のティリータへ上申する。

その言葉に、皇女は震えあがった。

「なりません!それでは、私たちも兄上と同じではありませんか!」

「しかし、奴らは我々を裏切ったのです。命惜しさに暴君に従うなど、もはや貴族にあらず!」

「なりません!絶対に、許しません!」

ティリータ皇女は断固として、怒りに燃える報復を拒否する。

彼女は、自分の感情と判断が一致している。


その違いを、グラスオウやリュケイオンはあえて放置していた。

特に矯正するような問題ではなかったからである。

少なくとも、平穏に過ごすだけなら、それは大きな問題ではなかった。

(……だから、俺を付けたんだろうな)

妻、メルヴェリアには第二皇女の教育係を務められるだけの教養と資格はあった。

だが、彼女が抜擢されたのはそれだけが理由ではなかったはずだ。

親友だったグラスオウの考え方をウォールドはよく理解していた。その息子であるリュケイオンがその考え方まで受け継いだことも。

教育係の妻からの流れで、なし崩し的に第三重征師団と軍将ウォールド以下、ガルード一家がティリータ皇女派に組み込まれるまでが彼らのシナリオ通りであることをウォールドは気づいていた。

ティリータ皇女がフェレス復興派の旗頭となり、リューティシア皇国内の次代竜皇への反抗勢力を集結させ、そしてまとめて討伐される。そのシナリオまでも。

皇女派に組み込まれた第三重征師団の存在は、反抗勢力に勝てると思わせ、より多くの人をティリータのもとに集めるための釣り餌だ。

(——まあ、良いさ。ぎりぎりまで付き合っても、俺たちなら逃げられる)

それは、かつて父とともに宇宙海賊として蒼海を荒らしまわっていたウォールド自身の自負だ。自分と子供たちの戦力には充分な自信があった。

(ついでに娘一人くらい連れて行っても問題はないさ)

その期待があって、スオウは自分を哀れな娘に付けたのだと、ウォールドは理解していた。


問題は、竜皇リュケイオンがどこまで父の思考をなぞっているかということだ。

父にとっては一つの駒に過ぎない哀れな娘。

だが、兄にとっては妹であっても同じ皇位を巡る競争者だ。

リュカが、彼が子供のころから知る戦士の王が、どう判断を下すかはウォールドには読み切れなかった。

彼もまた自分に都合の良い未来を思い描いている。

フェーダ貴族との違いは、そこに自覚があるかどうかでしかない。


皇女の強い拒絶で混乱に拍車がかかったフェーダ貴族たちの会議場で、ウォールドは状況を静観しながら、引き際を見定めている。

自分と家族と、そして親友の娘の生きる道を求めながら。

どこかで淡い期待にすがりながら。

まだ、この動乱において彼には果たすべき役割が、なすべきことがあった。

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