第20話 フェーダの誤算

子どもの頃から知るじいやが、老臣が膝から崩れ落ちる姿を、リューティシア皇国第二皇女ティリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォルは何もできずに眺めているしかできなかった。

末娘と孫娘がその夫、父であるランディウス子爵諸共に殺されたという知らせを前に、フォーント・カルリシアン侯爵は慟哭とともに床に倒れ伏している。

「まさか、こんなことが……」

自分の声が震えてるのをティリータは聞く。

彼女を支持し、侯爵につき従っていたフェーダ貴族たちが人を呼び、カルリシアン侯爵を助け起こす様子を、仮あつらえの玉座に座ったまま、ティリータは震えながら見ている。

第一龍装師団によるベルガリア虐殺の地獄絵図を映像記録として送り付けられ、絶句するフェーダ貴族たちは混乱の最中にある。

「驕ったか偽王!」

凄惨な光景を前に、ライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵は怒りの声を上げ、何人かのフェーダ貴族は手にしていた資料を感情のままに引き裂いた。

彼らは今まさに、送り込んだ増援艦隊とベルガリア騎士団での防衛線の構築と追加の戦略案を討議していた最中である。

無論、それはあまりにも遅すぎる行為だ。

次代竜皇リュケイオンの即位と同時に蜂起し、ナーベリア海戦での勝利を前提としていたシュテルンビルド伯爵以下フェーダ貴族の目論見は、ナーベリアでの惨敗で脆くも崩れ去り、現在は第三師団軍将ウォールドの主導する戦略要諦で旧フェレス復興派は動いている。

現状のベルガリア侵攻も軍将ウォールド、より正確にはその妻であり、第三師団総参謀のメルヴェリアの打ち立てた戦略構想の中にはある。

彼女はフェーダ貴族たちの戦略が打ち崩されることを想定し、その失敗を前提に戦略を練っていた。

結果として、ナーベリア海戦以降のフェレス復興派の主導権は、フェーダ貴族ではない軍将ウォールド以下第三鎧征師団が握っており、それに不満を抱くシュテルンビルド伯爵らフェーダ貴族は勢力を取り戻すべく、次の戦略要諦をまとめようとしている最中であった。

第三師団主導の戦略要諦ではベルガリアすら捨て石に過ぎず、さらに敵をフェーダ銀河深くまで誘い込む予測が立てられていたが、フェーダ貴族らはベルガリアで第一龍装師団の侵攻を食い止め、その後の戦場を構築すべく構想を打ち合わせていたところであり、その立ち合いにティリータ皇女の同席を要請していたのであった。

どこまでも、彼らはティリータに対しフェーダ貴族の有用性を示したいのである。

だがその目論見は、外ならぬベルガリア壊滅の報によって打ち崩された。


驚いていないのは、その報告を持ち込んだ第三師団師団長である軍将ウォールド=ウォルムナフ・ガルードとその長子である第三軍団副長バルドル=ヴァール・ディオン・ガルードだけである。

幼い頃からの側近でもあるウォールドの子どもたちはティリータにとっては兄弟のような存在であり、バルドルは一番年上の兄というべき人だった。

無骨な巨人であるバルドルは、養父であるウォールドの弟子というべき戦士であり、超光速騎士として、そして軍将としての実力は養父をもしのぐ次代団長候補だ。

年齢は30歳(地球人類年齢換算)と彼女にとっての異母兄である竜皇リュケイオンと同い年。

まだ少年の自分から戦場でお互いに功を競った天才戦士にして戦友の間柄である。

その彼は、自分が長年の友人と敵対関係にあることに対して何の感慨も語ることはなかった。

「——残念ながら、住民は全滅であるかと思われます」

言葉少なにバルドルが語り、ウォールドがその横で小さく肩をすくめる。

彼らにとってはわかっていた事態だ。

第一龍装師団という存在が遣わされた以上、敵が残されることはない。

第三師団が主導する戦略構想では、これも想定された事態である。

フェーダ貴族やティリータがそうなると信じたくなかっただけだ。

娘たちの死に嗚咽を漏らしながら駆け付けた侍従らに支えられてカルリシアン侯爵が退出し、その場のまとめ役としてシュテルンビルド伯爵が残される。

「ありえん事態だ!」

ドンッと大きな音を立ててシュテルンビルド伯爵が机に拳を叩きつけ、声を荒げた。

周囲はその声に震え、伯爵の怒りが収まるのを待つ。

「……しかし、これは好機であるやもしれません」

怒気を全身から発しながら、しかし伯爵は声を震わせながらも思考を切り替えようとしていた。

「皇女殿下、いやティリータ様。あの男は大きな間違いを犯しました」

彼らは、新皇であるリュケイオンを決して王とは呼ばない。

彼らにとっての主君は、至高の宝冠を抱くべき主人はただ一人。

「この暴挙を経て、あの男を支持するものはわずかでありましょう」

その言葉に、列席するフェーダ貴族たちが一斉に頷いた。

「これは、我々フェーダのみならず、皇国内の勢力を殿下のもとに納める最大の勝機だと言えます」

貴族たちが口々に賛意を示し、その姿にティリータも頷いた。

「この度の兄上の行い、私も決して許すことが出来ません」

ティリータの声に震えが混じった。

演技ではない。彼女は本心から兄の残虐さに怒り、殺されたベルガリアの住民たちの姿に悲しみを覚えている。

「兄上を止めるため、どうか皆の力を貸してください」

そう言って、玉座から立ち上がり、深々と頭を下げるティリータの姿に、シュテルンビルド伯爵を始めとした貴族たちが次々と彼女を称賛した。


その様子を軍将ウォールドは皮肉めいた表情で、軍将バルドルは冷ややかに眺めている。

湧きたつフェーダ貴族や主君とは異なり、彼らには違う流れが見えている。

リューティシア皇国軍をよく知る彼らには当然の流れが。

「……果たして、そう上手く行くかな?」

誰にも聞こえないように、口の中で小さくつぶやいた養父を横目で見ながら、バルドルは何も言わずに貴族たちの様子を放置している。

フェーダ貴族たちが第三師団を目の敵にしているように、ウォールド親子もまたフェーダ貴族を敵視している。

彼らが自分たちと異なる道を選択することを制止する道理も義理もなかった。

彼らは、同じ主君を戴いているというだけで、同胞ではないのだ。

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