第15話 花の枯れ落ちる時

 3月の4日、春日部市は春を思わせる暖かな陽射しと微風で一杯の過ごしやすい日曜日だった。

 氷上兵庫は姉に言われたとおり、ティッシュペーパーを松伏町にある古い病院に届けにスクーターで走っていった。兵庫の母親は88歳で、5年前に寝たきり老人になり、同じ松伏町の特別養護老人ホームに入所したが、肺炎を発症し、急遽その病院に入院することになった。「もうなにが起こってもおかしくない覚悟」を兵庫はしていたから、冷めた心で、春の広域農道を走っていた。

 朝飯を食べ、今日は歯医者の予約が入っていたな、とパソコンに向かっていたら、家の電話が鳴り、歯医者の方で都合が悪くなったと、予約の延期を申しつけられ、昼の予定が空いたので、旧知の友人に使っていないノートパソコンをセットアップし、梱包して宅急便で着払いで発送して、家でちょっと落ち着いて出発した。

 広域農道のうなぎ屋の角を曲がり、仏教系の大学の裏手を走り、小高い丘の上の病院に到達する。駐輪場にスクーターを停めて、喫煙所で一服した。

 入ってみると、一階のロビーは薄暗く、中程に入って二基あるエレベーターの左の扉が開き3階へのボタンを押す。ナースステーションで面会申請書を書き、母親の映(えい)がいる病室へ入った。ティッシュペーパーは携えていた。

 三日前に訪れた時は、意識が混濁している様だったので、アイコンタクトで意思の疎通をとるのが難しかったが、今日は少し外界に意識が向いている様だった。兵庫はもう言い訳めいて、母親が喜ぶようにぽつりと言った。

 「今、嫁さん探しているから」と言い反応を伺う。あまり喜びも希望の色も目には浮かばないようだった。さらに言い訳めいて、言葉を繋ぐ。

 「仕事も探してるよ」 それにも反応を示さない瞳だった。しょうがないので、細っていく一方の母親の左手を握って、パワーを送ってあげるつもりだった。

 「じゃぁ行くね」と言って病室を後にした。備え付けのアルコール除菌液で手を拭った。 病院の玄関口から、外に出て喫煙所のベンチに座って一服した後、スクーターで元来た道を走っていった。母親の、生と死の不安の混じった混沌とした瞳が記憶野に浮かぶ。その時、パッと言葉が閃く「花の枯れ落ちる時」と。

 そのセンテンスが浮かんだ次ぎに思い出すのが、家の庭に植えたブルーのアイリスの花が咲いては枯れ落ちていく光景だった。アイリスの花が毎年伸びて花を咲かせては、夏前にはしなびて花は終わっていく。その光景が一瞬に脳裏によみがえる。

 実に氷上兵庫は50年にわたって、氷上映と言う花の咲いて散っていく光景を見続けた事になる。スクーターで広域農道を北へ行き、ローソンのある交差点を左に曲がり、赤沼南の交差点まで走る間に、兵庫の脳裏には、母親の記憶がフラッシュバックする。母親が快活で明朗だった頃、中学生の時描いた絵が金賞を何回も取り部屋に飾って満足していた母親、弟が拡張性心筋症で、自宅で無残に死んでいったこと。うつ病で伏せがちになって、もう28年、かと。

 高校生の頃、兵庫は世界を旅することを夢見ていた。特にヨーロッパに行って絵を勉強したかった。望みは叶うことなく、実家に係留されて30年。それでも救いはインターネットが発達したことだろう。ヨーロッパの人と、その気になればネット上で触れ合える、そんな青雲の志は自宅の一室で叶えていたが。

 ちょっと落ち着いて、春日部市立図書館に借りていたCDを返却しにスクーターで出発することにして、ビジネスバッグにCD6枚を入れて出発した。

  図書館でCDを返却し、緑町のスーパーに立ち寄り、晩のおかずは何にするか迷いながら、店内を歩いていたら、昔のデザイン事務所の汚いひげ面の社長の顔が浮かんできた。今思うと関わっちゃいけない人と関わったんだな、と25年くらいして思う事。まだ社長をやっているようだけど、もう死ぬまで会うことはないな、とは思うのだけど、兵庫はもう一回だけ、会って話して見たい気はした。「今の自分は未熟ですか?成熟ですか?」と問うてみたかった。 等と考えながら、シューマイを買い、スクーターに跨がりエンジンをかけたとき、数時間前に見た母親の顔が浮かび、次ぎに言葉が目一杯沸いてきた。兵庫はこれを小説にしなければならないと、身から強い衝動が発生した。

 タイトルは「花の枯れ落ちる時」と。


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