第14話 七夕の恋の行く末

June


 「終わったね」

 「ああ、終わった。今日もノエルでコーヒーを飲もう」

 「後片付け終わったらLINEするね、じゃあね」

 「はいよ」

 6月の初旬、春日部文化会館で、埼玉県立春日部隻葉高校の音楽部のコンサートが行われた。音楽部、と言うと吹奏楽部と同意か、と言うとそうでは無くアカペラが主体の声楽のコンサートだった。春日部隻葉高校は、歴史有る春日部の女子高校で女子だけのコンサートか、と言うと違っていて、春日部青嵐高校の音楽部の男子が十数名参加して、男女混声の楽曲もあった、と言う事であった。二人は、5月の合同練習で知り合った。男の子の名前は星屋義光と言い、女の子は青葉奈緒子という。ともに18歳で高校三年生、それぞれの音楽部に所属している。

 義光はクルーカットで高身長、爽やかな印象で、高校での成績は中位くらい、今回のコンサートで部活は引退で、大学を目指して受験勉強を頑張る、と言う事だった。奈緒子も18歳、高校三年生で、やはり今回のコンサートで部活は引退で、進学のコースに入る。

 二人は毎週土曜日の午後三時から春日部駅西口の一階が消費者金融の入っているビルの2階の喫茶店ノエルでコーヒーを飲みながらとりとめなく話すのが、とりあえずの二人の約束だった。春日部青嵐高校は男子校、隻葉高校は女子高、と言う事で、地理的距離のある恋愛のもどかしさを楽しんでいた。今日は土曜日だけど、コンサートが15時に終わったので、LINEで17時にノエルで話そう、と言う事になった。二人とも一旦家に帰って着替えて、ノエルに入る、義光は自転車でエレベーターの前の出口付近に停めた。先に義光が「いつもの」テーブルに座って奈緒子を待った。程なく奈緒子がやってきて、やはりいつもの通りシートに座る。

 「待った?」と奈緒子は言う。整髪料でボリュームを整えた豊かな黒髪が揺れる。その髪の揺れ動く感じと奈緒子の色の白いほっそりとした顔立ちに、義光はいつも照れて視線をそらす。

 「いや、待ってない、いつもの事だし。すいませーん、アメリカンを二つ」

 とやはりいつものコーヒーを注文する。

 「今日はお疲れ様、後半の舞台劇は上がってしまったの」

 「いや、見てて良くやるな、と思った。後半のミュージカルは合同練習では見ていなかったから、こういうことやるんだ、みたいな感じ」

 「ああ、あれは演劇系の枠まで拡げてやりたいって人が何人も居たからね。それで」

 「リゴレットの女心の歌なんかは良かった。選曲がなんだかな、って思って見てた」

 「女子高生ですから」

 コーヒーが運ばれ、二人はアメリカンコーヒーをすする。義光は視線を窓の外側に向けて、階下の通りを静かに眺めている奈緒子の横顔をチラリと見る。義光の心が揺れ動く。揺れ動くと言う感じは、奈緒子と出会って一ヶ月になり、こうして毎週土曜日の逢瀬になると頻繁に感じるようになった。奈緒子と会えない、平日の授業中に、窓から外の空を見上げていると、時たま切ない感覚に囚われる。「ああ、恋なんだな」と思いながら、授業に集中を向け直したり、と言う精神の作業があった。

 「あの」と奈緒子が切り出す。

 「あのね、7月7日に、土曜日だけど、春日部七夕まつりって有るんだけど、一緒に行かない?」と、絞り出すように言った。奈緒子はこうして1ヶ月 義光の言葉に、心が響く感じがしていた。授業に集中出来ずに、窓から空を見て義光を思う。「ああ、恋なんだな」と思う。同級生に「最近キレイになったわよね、彼氏出来たの?」と言われて黙した事もあった。七夕祭りを知ったのは、学校の帰り、隻葉高校のバス停付近にポスターが貼られていたから。それを見て、「浴衣着て行くっていいかも」と思った。浴衣姿を義光に見て貰いたい、そんな女の子の欲目が芽生えた。

 「七夕祭り?そういうのあるんだ。いいね、男子校と女子校で別れている訳だから、間には天の川が流れている訳だもんなぁ」

 「じゃぁ行く?約束よ。浴衣着て行くから」と顔を真っ赤にして、奈緒子は言葉を出した。

 「ああ、行くよ。東口のケンタッキーの前で待ち合わせようか」

 「うん、粕壁神明神社でやるんだって」

 「浴衣姿は楽しみだよ」

 「えへへ」

 それから二人は、コーヒーがなくなるまでとりとめなく話し、時間、と言う事でノエルを後にした。不動産屋を挟んで隣の酒々井書店で、受験参考書を選んだりもして、それから別れた。奈緒子は東武アーバンパークラインで南桜井まで。義光は自転車で豊町まで走って帰った。


July


「浴衣を着ると随分印象が変わる、キレイに見える」と奈緒子と会って、義光は第一声がその言葉だった。7月7日の土曜日夕暮れ、奈緒子は去年隅田川の花火大会に友達と行く時に仕立てた浴衣姿を披露した。奈緒子の身長は165センチメートルと、少し平均より背が高い。スレンダーなボディに藍色の染め付けが効いた浴衣はよく似合っていた。

 「どう?似合う?」と春日部駅東口のケンタッキーの明かりが漏れる夕闇迫る歩道の上で奈緒子はポーズを取った。

 「ああ、似合う、印象がかなり違う、スマホで撮るな」と、義光はスマホを取り出し、奈緒子の立ち姿を写真に数枚撮った。

 「行こうよ、出店でたこ焼きとかあるかなぁ」

 「うん、七夕だから短冊に願いを書く事もあるだろうけど、何書く」

 「大学合格!」と奈緒子は即座に返したので、義光はぎょっと内心思い、奈緒子とのギャップを感じた。自分は「奈緒子と一緒になれますように」とか、「やりたい事がみつかりますように」とか書こうと思っていたが、奈緒子とは思っている事が違うようだ、と言葉は飲み込んで、黙って歩いた。

 「義光君はなんて書くの?」と無邪気ににこやかに奈緒子は訪ねてくる。聞かれたから、二通りの一つを答えた。

 「やりたい事が見つかりますように、かな」

 「ふーん、やりたい事ないの?」

 「勉強もやってる、部活もやってる、でも将来何になるかはよくわかんないんだ」

 「私は東京芸術大学は無理なので、文学部に入って文章に携わる人になろうかなって漠然と思ってるの」

 「ああ、いいね。俺も出版社とかいいかもな。本を出すのって楽しそうだ」

 「大学入ってから考えたっていいんじゃない?」

 「ああ」

 などと話しながら歩いて、程なく粕壁神明神社に着いた。参道には出店が並び、奈緒子はたこ焼きを購入した。

 「ほら、分け合って食べようよ」と2本爪楊枝が差してあって、1本を義光は取った。たこ焼きを数個食べて、回りを見渡すと浴衣姿の女性や、普段着の男性、子ども達、と祭りの様相で、「随分にぎやかな所へ来たなぁ」と義光は思った。

 「ね、お参りしよう」と奈緒子がうながす。二人は硬貨を財布から取り出し、賽銭箱に入れ、鈴をならして、拍手して祈った。

 奈緒子は内心、「この恋が実りますように」と願った。義光も「奈緒子と一緒に居られますように」であった。しかし、二人はまだ、未熟なギクシャクした恋の過程だったようだ。

 「ねえ何を願ったの?私は大学合格」

 「え、えーと大学でやりたい事が見つかりますように、あはは」と二人ともストレートな思いは言葉にしなかった。

 「じゃぁ短冊にも同じ事書こう、で、ぶら下げて、と」

と祭り敷地の自治体のテントに置いてあった短冊とマジックペンで、それぞれ口にした願いを書いた。竹の枝にくくりつけて願いとし、二人は喧噪の中見つめ合った。義光は照れて、目をそらしつつ出店で焼きそばがあったので、焼きそばを食べようとうながした。

 「え、焼きそば、あーこれ美味しそう」

 「二人前下さい」

 と焼きそばを食べながら、義光は思ったことを奈緒子に言った。

 「一緒の大学に行けば、この織り姫と彦星関係にも終止符を打つことが出来ると思うんだけど」と焼きそばを頬張りながら言う。

 「私、ちょっと偏差値足りないけど慶応かな、次ぎ明治か法政かな」

 「あー、俺は早稲田、次ぎ明治か専修で考える」

 「お互い第一志望はちょっと無理っぽいよね」

 「うん、今の成績だと早稲田は厳しい、明治が関の山かもしれない」

 「二人で明治にしようか?和泉キャンパスや駿河台キャンパス、だよね」 

「うん、じゃぁ早稲田慶応ダメで二人で明治って事にしようか」

 「そうだねー一緒の学部がいいねー」

 「就職にはあんまり有利でない文学部かな、行き着く先は」

 「それでもいいじゃない、同じ大学で同じ学部で同じサークルでって」と、焼きそばを片付けながら奈緒子は言う。

 「そうしようか」

 「うん」

 「今日は帰ろうか」

 「帰ろう、もう人が一杯来て混んできて窮屈だし」

 「夏休みは二人で海へ行かないか、卒業した先輩でオートバイに乗ってる人に千葉の銚子の犬吠埼の海水浴場はものすごくキレイだって情報くれた」

 「へー、いいわね、夏の思い出ね、夏休み一日くらいいいわよね」と奈緒子は誘われて、心が満たされる実感があった。楽しい。こんな一日が毎日続けばいいのに、と思った。

 二人は連れ立って春日部駅東口へ向かった。風景の中に溶け込むとしたらそれはお似合いのカップルに傍からみれば見える、そんな二人だった。

 西の空には赤い夕焼けの終息とともに宵の明星が輝いていた。


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