第13話 ソリチュード・旧国道4号を北へ

 「ああ、もういいよ、もう会わない、さよなら」

と、有藤雄馬は公衆電話の受話器を置いた。春日部市の旧国道4号の埼葛橋のたもとの、昔焼き肉屋だった建物の敷地にある、古ぼけた公衆電話だった。

 雄馬は、どうにも上手くいかない恋に悩んでいた。恋の相手の柳井亜希子の態度がどうにも我慢ならなかった。愛憎でいうなら、憎が雄馬を支配していた。雄馬の視点で語れば、何故ほかの男に気を見せるそぶりをするのか、とか何でLINEを無視するのか、と1年続いた恋は、「顔も見たくない」という結論に達した。電話はその決別の電話だった。スマートフォンは家に置いてきた。何かに繋がっている事に嫌悪感があって。防寒ジャンパーを着て、愛用のバイクのYZF-R25に跨がり、旧国道4号を北に向かった。途中、埼葛橋の交差点で停まったとき、古ぼけた公衆電話のボックスを見て、最後に電話で別れの言葉を弾き出して電話を切った。

 「あーくそ、やってられねぇ。これからどうしよう」と呟く。

 雄馬は22歳、埼玉県立清和高校を進路未決で卒業し、吉川市の倉庫で派遣社員をやりながら、自分のやりたい事を探していた。貯めたお金で普通自動車免許と普通自動二輪の免許を取得した。YZF-R25は去年、ローンを組んで新車を買った。そのオートバイには亜希子とタンデムで旅行した記憶なども付帯していた。ポケットから鍵のたくさん付いたキーホルダーを取り出し、オートバイのキーを差し込む。シートの上に置いた銀色のヘルメットを持ち上げ静かに被った。

 「どうする、どこへ行く。気持ちが収まらないや」

 とオートバイに跨がって、セルスターターのボタンを押してエンジンを始動する。バイザー越しに旧国道4号線を北へ向かう車の流れを眺めた。大型トラックが大間・東京とボディに書いている車が通った。大間は青森県だよな、マグロで有名か、と思った。それを見て雄馬の中に、一つの閃きが芽生えた。

 「北に向かってみようか」と。

 雄馬はスロットルをゆっくり開け、本道に左折のランプを点灯しながら、進入していく。スロットルを開け、時速50キロで旧国道4号線を北に向かった。春日部を超えて杉戸町に入る。雄馬の知覚ではココまでがテリトリーで、それより北は雄馬には見知らぬ土地であった。

 「北には何があるんだろうか。幸手、栗橋、古河、小山。それくらいしかわからないな」

 オートバイはエンジンを滑らかに回転させ、時速60キロで幸手市を抜け、栗橋町に入った。栗橋の交差点手前のガソリンスタンドで雄馬は給油をした。給油の最中に小用を足して、サービスルームの長椅子に腰掛けタバコを1本吸った。備え付けの道路地図を開き、旧国道4号はどこまで通っているのかを確認した。春日部から指でたどって、仙台に行き着いた。

 「仙台まで行ってみるか」と思ったが、同時に真夜中の孤独なクルーズになることに、心の底は打ち震えていた。

 「寒いし、さみしそうな旅になるな、こりゃ」と思った。仙台に行けば何かあるんだろうか、と思ったし、仙台のホテルに逃げ込んで、街のスナックででも一杯やるか、とも思った。

 給油が終わり、オートバイを発進させ、利根川橋を越えて茨城県古河市に入った。道路から見る街並みは春日部よりグンと明かりが少なかった。時刻はもう20時を回っていた。

単調な街並みを眺めながら、静かにクルーズしていく。夜の闇の中に雄馬のざわめいていた心は静まっていった。三杉町交差点のイオンとビバホームを脇目で見ながら、ガストで夕食を摂った。ハンバーグの一番安いセットで食べて、出発する。店を出て、タバコを1本吸い、ぼんやりと道路と街並みを眺める。ざわめいた心、甘い記憶、楽しかった思い出、そんな記憶が現れては消え、やがて、一つの寂寥となった。闇の中の孤独感ほど切ないものはないな、と思った。

 「仙台まで行ってなにが有るだろう。こんな孤独をより深く味わうだけなのかな」とつぶやき、オートバイを北へ向けた。野木の交差点を越えて、道路の脇は田畑と林だけになった。ふと夜空を見上げると、雲一つない空に満天の星空が見えた。街灯の明かりとバイザーのハレーションで、良く見えない。野木小学校の脇を越えて、名前の無い交差点を右に曲がり、田畑だけの明かりの一切ない道路で雄馬はオートバイを停めた。ヘルメットを脱ぎ、闇の中の星空を見た。月は西に傾き、天の川がハッキリ認識できる、そういう暗闇だった。

 「エライ、綺麗な星空だ。春日部じゃ見られない。美しい」

 しばらくじっと夜空を眺めていた雄馬は、やがてエンジンをかけ、Uターンをして、旧国道4号に戻った。美しい星空を眺めて思った。「仙台で、全く知らない人と話してみよう、それで自分は救われるかもしれない」と。

 オートバイは少々法定速度を超えて北へ向かった。夜空の星は静かに瞬いていた。


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