第12話 0.2カラットのダイヤモンドリング

 その日、室町慎司は春日部駅西口のおしゃれ横町にあるジュエリーセイジで悩んでいた。

「お客さま、婚約指輪ですか?」

「まぁそうなんだけど、相場は給料の3ヶ月分とかでしたっけ?」

「ええ、そうですけど、気持ちの問題でしたら5千円からありますよ」

「え、そんなに安いのあるの?じゃぁそれで」

「お相手の指輪のサイズってご存じですか?」と聞かれて、慎司はハタと困った。付き合って三年経つが、彼女の指輪のサイズというは関知していなかった。

 一ヶ月前、慎司は彼女に、名前は東雲亜紀子というが、結婚を匂わせる言葉を出していた。それを受けて亜紀子は「考えさせて」という。ちょうどアメリカに一ヶ月、目的の無い旅行に一人で出かけると言う。旅の中で人生を考える、と言う亜紀子の主張に慎司は渋々同意した。プロポーズはしたいが相手が乗り気なのか、そうで無いのか判別しかねたまま、大宮のJRのホームの成田エクスプレスで見送ったのだった。

 慎司は東京、錦糸町のIT会社の中堅の開発者で、亜紀子は大学を卒業してフリーランスのWEBライターをやっている。亜紀子は精力的に海外に出かけ、帰ると面白い土産話をしてくれる。今回もアメリカを電車で横断するんだ、と言う。「連絡はしないで」とスマートフォンは自宅に置いていったようだ。かけても繋がらない。だから、すぐに亜紀子の指輪のサイズはわからなかった。

 「えーっと、指輪のサイズ、今のところわかりません。アメリカから帰ったら連れてきます」

 「お待ちしております」と店員は会釈をした。慎司は店を出て、満天横町の自動販売機で缶コーヒーを買い、タバコに火をつけた。一服しながら、今後の事を考えた。

 「明日、帰ってくるんだよな。成田エクスプレスで大宮着かな?」と考えた。不意にスマホのベルが鳴る。見ると見知らぬ番号からショートメールが入って居て、番号は亜紀子のモノでは無いが、内容は亜紀子の連絡だった。

 (今、ロスアンゼルス。明日帰る。成田エクスプレスで大宮に19時17分着、よろしく)と言うモノだった。

 「明日、大宮着か。向こうで携帯買ったのかな?番号が知らない番号だ」

 とりあえず指輪で悩むのはやめて、慎司は家に帰ってのんびりすることにした。

 翌朝月曜日、錦糸町で仕事を定時に終えた慎司はJRで大宮駅で亜紀子を待った。東武アーバンパークラインの改札前なら必ず通るだろうから、東武線の改札で亜紀子を待つことにした。

 やがて時間が来て、ぽつりぽつりと海外旅行の帰りらしいキャリーバッグを引いて歩いてくる人たちが階段から降りてきた。少々の人混みの向こうに亜紀子の姿が現れた。ただ、出発前と様子が違うのは、白人の男と一緒に階段を降りてきたことだ。

 「おまたせー、アメリカを横断と縦断を両方やってきた」と笑顔で慎司に話しかける。 一緒に来た白人男性も笑顔で片言の日本語で挨拶をしてくる。

 「こんにちは、UCLAの学生のハリー・ルイスです」という。慎司は内心は穏やかではないのだが、絞り出すように亜紀子に言った。

 「な、おまえ、その男は何?」笑顔で亜紀子は言う。

 「え、ああアメリカで見つけた男」と笑う。慎司は血の気が引く思いで、言葉を絞りだす。

 「一ヶ月考えた結果がこれか?」

 「そうよ、と言うのは嘘で、ロスアンゼルスの空港で、たまたま同じ便に乗ったってだけで、しばらく日本を探訪したいんだって、一緒に連れてきちゃったの、えへへ」

 「って、お前なぁ」

 「なによ?」

 「指輪のサイズ!婚約指輪のサイズはいくつなのか、わかんないから買えないんだよっ」

 「あー、9号よ」

 「わかった」

 「ああ、ハリー、じゃぁ今日はここでお別れ、大宮の北口にパレスホテルってあるから、そこに泊まってね。後でメールするわ」

 「ありがとう、アキコさん。明日、東京へ行って秋葉原、浅草、明後日は京都にいますよ」

 「日本を楽しんでね、じゃぁね」

 「bye」

 ハリーは階段を上り、大宮駅北口に向かった。

 「野田線で帰るぞ」

 「はいはい」

 二人は東武アーバンパークラインの急行で春日部に帰るまでとりとめなくアメリカの話をした。とりあえずサンフランシスコで鉄道でデンバーに向かい、デンバーからバスで南に向かい、また鉄道でシカゴへ抜けて、とデジカメで撮った写真を見せて、話した。話は電車の中では終わらないので、土曜日に話をすることにして、春日部駅で別れた。

 次の日曜日、ジュエリーセイジで、慎司は店員に話しかける。

 「0.2カラットのダイヤモンドリングを一つ、サイズは9号で」


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