第11話 リヴァーサルフィルムの向こうに2

 8月の初旬の土曜日、竜野佳樹は東銀座の都営浅草線の改札で冴谷百合を待っていた。今日は横須賀のアメリカ海軍のフレンドシップデーという事で、二人で本場のハンバーガーを食べようか、と言う事でデートの約束となった。もちろんカメラは忘れていなかったが、一月前にヤフオクでNIKONのF60のボディーを1500円で購入し、レンズは地元のハードオフで1000円で購入した。フィルムは富士フイルムのオーソドックスなベルビア50を2本携えた。今日は撮影を楽しむというより、お祭りを二人で楽しみ、印象に残った場所で、記念に撮っておこうか、と言う覚悟だった。

 やがて百合が、日比谷線から上がって、佳樹と合流した。

 「待った?まあ時間通り、スマホって便利ね。迷わず来られたわ。横須賀まで行くんでしょう、京浜急行は各駅では行かないわよね」

 「あーうん。泉岳寺で快速に乗り換えて、横須賀までだね」

 「片道いくら掛かるのかしら、パスモチャージしておかなきゃ」

 「大体1000円くらい。1時間の長旅になるね」

 「横須賀って初めて行くけど、どんなところ?」

 「いや僕も初めてで、カレーとか、ハンバーガーが美味いらしい、今空母のロナルド・レーガンが寄港しているらしいけど」

 「あーニュースで見たわよ、戦闘機が一杯並んでて、すごいわ戦争ね」

 「うーん、いやそういう事でも、あるか、朝鮮半島が緊張してるからね、あ電車来た。行こう」

 「行こう、行こう」と二人は東銀座の改札を抜けて、都営浅草線に乗った。泉岳寺で京浜急行の快特に乗り換え、ボックスシートで二人で座り、親密な空間が横須賀中央駅に着くまで1時間弱は続き、とりとめも無く話していった。


 電車が京浜急行の横須賀中央駅に到着し、駅前に出てみると、二人はその谷間の間の雑然とした駅前に驚いた。よく歌に歌われていたイメージとちょっと違っているね、と二人はうなずき合った。

 「冴谷さん、今日のその服はなんて言うの?」と佳樹が聞いてみた。

 「え?これ?コットンボイルロングギャザーワンピース です」

 「随分長いワンピースの名前なんだね。女らしいシルエットが出るね」

 「でしょう?狙って着てきたの」

 「さて、会場は皆が歩いて行く方でいいのかな、今日も日差しが強いよ」

 「あっちじゃないのかなぁ。三笠公園の方、えーっとグーグルマップで見るとそう」

 「三笠公園か」

 やがて、三笠公園にたどり着き、右手の海の方をみると、古い軍艦が泊まっている。

 「昔の戦艦だね、帰りにちょっと寄ってみよう」

 「うん」

 やがて三笠公園の奥手に、海上自衛隊の手荷物検査があり、それを抜けたら、そこはもうアメリカであった。要所要所で自動小銃を持った青い迷彩の軍服を着た軍人が立っている。佳樹は簡単な英語で百合と米兵での写真を一枚撮らせてもらって、さらに奥に進んで、ハンバーガーやホットドッグやピザを販売している露天が並ぶエリアに出た。

 「わーハンバーガー焼きたてよ。食べようよ」

 「うん、わかった」と 二人でハンバーガーを注文した。

 できたハンバーガーを見て、二人は顔を見合わせた。バンズとパティだけで、これだけ?と二人は思った。周りを見てみると、ケチャップやマスタードはお好みで自分で充填して食べるようだ、と言う事がわかった。二人ともケチャップを少々つけて、頬張った。頬張っている百合のバストアップを一枚撮り、木陰で少々ゆっくりした。 

 やがて二人はさらに奥に行くと、Tシャツや払い下げの軍服などを売っている、コーナーで、シャツの絵柄などを鑑賞した、購入する気にはなれなかった。シャツを手に取って一枚、など、撮影の美しさを求めるではなく、一緒に祭りを楽しむ記憶を記録していく、と言う写真の撮り方だ。中古のF60は滞る事無く機能した。AFでオートワインダー。マニュアルのFM10とはまた違った楽しさがある。佳樹は撮影を楽しんだ、そして百合も好奇心を満たしていった。一通り会場を見て、出口から出ると、三笠公園までは随分と歩く事になった。

 「しまった裏口から出ちゃったね。三笠公園の船には乗りたいけど、どうする?」

 「大丈夫よ、歩いて行こうよ」

 「わかった、ああ、白人の女性が入っていくね、アメリカなんだなぁと思う」

 「三笠公園、で船」

 「あ、はい、わかりました」

 と、二人は木々の生い茂る裏手の道路を歩き三笠公園に戻って来た。 東郷平八郎の銅像が見え、右手に券売所がある。

 「ここで券を買うのね、パワースポットって言う事で有名だったのを思い出したわ」

 「へーパワースポットか」

 二人は入場券を買い、入り口でもぎってもらって、中へと入る。客はまばらで、船の中の迷路のような構造を楽しんだ。甲板へ出て一枚。中へ入って、一枚、と数枚写真を撮りながら見学をした。

やがて神棚の祭ってある部屋にでる。二人以外の人の姿は無かった。 神棚を見ながら、二人は黙り込む。

 「ここがパワースポット」

 「うん」

 佳樹は思いきって、百合の瞳を見つめた。透き通った茶色く見える瞳に吸い込まれるようになり、身を固くした。やがて百合は目をつぶった。キスしてくれ、と言うことなんだな、と、百合の呼吸に合わせるように、佳樹は百合の唇を奪った。ほのかに口紅の香りがする。

 「あのね」といいながら、百合は佳樹の胸に飛び込んだ。胸に顔を埋めて、静かに言う。

 「今から冴谷さんっていうの禁止ね。百合って呼び捨てにして」と言いながら、腕の力を強くして、抱きしめてきた。佳樹は呼応して、百合を抱きしめた。しばらくの抱擁のあと、佳樹は緊張を和らげるために言った。

「横須賀海軍カレーでも食べて帰ろうか」

 と言うと百合は笑顔で返した。

 「うん、いいよ」

 やがて二人は三笠公園を後にし、グーグルマップでカレー屋を探し出し、そこへ向かった。百合は腕を絡めて、寄り添うように歩いて行く。佳樹はキスをしたときのあの強くて澄んだ瞳を心の中で反芻していた。

 「あんなキレイな瞳でじっと見つめられたら、絶対裏切れないな、少し怖いかも」と思いながら、横須賀駅前まで向かっていった。まだ夕暮れには遠かったが、黄昏に入るまでには、そんなに時間は掛からないように佳樹には思えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます