#3 貴様は知りすぎた

「初めまして、になるかな。豊島区住民安全第二課で魔法少女をやっている、待田街という者だ。よろしく」

「ッ………………!!」


 待田は大して敵意も見せず、銀の長髪をかき分ける。


 いくら弱いとはいえさきほど撃墜してきた相手ではあるが、待田は全く臆しなかった。どこまでも余裕の構え、というよりむしろ、敵だという前提を外した上で対話しようとしているらしい。


 当然そんな所を突いて攻撃してこないとは限らないわけだが、さすがに性善説で動きすぎだろうと古沢はやや呆れる。実際待田といえども急襲に対処するには限界があるようで、さっき落ちたときに派手に転がったためか、彼女の白い制服はあちこちが土で汚れていた。


 だが、待田はそれを払おうともしなかった。その様子に若干の違和感を覚えながら――古沢は勅使河原のステッキを注意深く見張りつつ、成り行きに任せてみることにする。


 待田は続けた。


「話は大体聞かせてもらったぞ、勅使河原さん。あなたと同じような青い衣装の子にステッキで頭を狙われて、まあそこから色々あって今は職員室に三人まとめて押し込んである。後で行ってあげてくれ」

「………………随分と、余裕なんすね」


 ステッキを構えたまま、勅使河原は辛うじて返す。


 何事でもないように言ってはいたが、待田の言葉は相当えげつない。ピンクの少女が勅使河原と名乗ったのは、あの墜落から三十秒も経っていない頃のことだ。その短時間で待田は三人を倒し、拘束し、あとは古沢の横でこっそり話を聞いていたのである。


 何のためにそんなことを、と古沢は思ったが、ひとまずそれを措いて話は進む。


「余裕……というか、まあ、フレンドリーに接していきたいのだ。勅使河原さんも魔法少女なんだろう?」

「…………………………まあ、そうっすけど」

「先輩として一つアドバイスをさせてもらうと、その衣装はやめた方がいいぞ。女の子なのだからそんな短いスカートで暴れては駄目だ。私はちゃんとタイツの下にスパッツまで穿いてその辺はガードしている」

「いや……私だってそんなことはわかってますよ、なめてんすか。最初は嫌だったんすよ、こんな露出狂じみた格好。それを上層部うえの変態どもが勝手に」

上層部うえ……? いやすまない、お堅い話はやめよう。フレンドリーにいくのだフレンドリーに。ところでタイツといえば、私のこの服は高校の制服なのだが」

「説明されなくてもわかりますよ、アンタ私の知能レベルを何だと思ってんすか」

「いや、わからないとは思っていないからそんなに睨まないでくれ……それでだ。この制服が何高校のものか、勅使河原さんは知っているか?」

「え? …………知らないっすよ、私何だかんだで豊島ここ来たの初めてっすもん」

「ふむ。では私の学校の人間や……関係者の類にもコンタクトはないわけだな」


 待田はそこで二度ほど頷く。


 会話自体は、それこそフレンドリーに――雑談のように進んでいたが、古沢はここで待田の意図を見抜いていた。勅使河原にそれを悟られないよう、古沢は片手で帽子を押さえて目線を隠す。


 学校の話題が出るのは、考えてみれば不自然だ。


 勅使河原は虚勢を張るのに精一杯で気付いていないが、おそらく待田は雑談に見せかけて、勅使河原にを言わせようとしている。


 情報を仕入れられるだけ仕入れて、溜めに溜めての誘導尋問。


 待田も待田で、勅使河原の状態を見て細かい過程をすっ飛ばした感はあるが――果たして勅使河原は何も気付かず、待田を睨みながら、古沢が予想した通りのことを口にした。


「ないっすよ。何で私がアンタの身辺調査なんかしなきゃなんないんすか、そもそも私達はここで正しく敵を倒してさっさと帰るつもりだったんすよ?」

?」


 空気が凍った。


 すうっと待田の目から光が消える。勅使河原は顔を背けることすら許されず、呼吸すら忘れて目を見開いていた。その顔が徐々に、後悔の念に歪められる。


 拷問のような沈黙があった。

 全ての言い訳を自らの口で封じさせてから、これだ。勅使河原が即答できなかった時点で、「風の噂」という健全な線すら消えた。


「――――ウイルスを、吸わされたのだよ」


 そこへ追い討ちをかけるように、低い声で待田が続ける。


「発症するちょうど数日前だった。帰り道で突然酸素マスクのようなものを被せられて、何かを口に吹き込まれた。今思えばあれがウイルスだったのだな。犯人のなんだか黒ずくめの男は私がその場で吊るしたのだが、なぜだか有馬さん――私達の上司にあたる人も、先駆部隊TAGの方々も、その人については何も教えてくれない。そこがどうしても気になるのだが…………どうやら知っているようだな? 勅使河原さん。どうだろう」

「…………………………………………………………吐けってっすか」

「あなたの所属だけでいい。あなたが世田谷区ので働いているのか、それさえわかれば、後は私が犯人の身元を突き止めて今後も警戒することができる」


 それさえ言ってくれれば、それ以上は追い詰めるつもりはない――言ってくれなければ別だが。待田の瞳は暗にそう語っていた。


 まあ吐くだろうなと、古沢はその光景を見ながら確信していた。


 だがその一方で、一抹の不安があった。豊島区の関係者が全員こぞってひた隠しにしてきた情報を、ここで簡単に手に入れても大丈夫なのだろうか? 特に先駆部隊の中之条あたりは頼めば快く教えてくれそうなのに。

 しかも――今回はウイルスだったからまだいい。もしそれが毒ガスだったら待田の命が危うかったわけで、そんな命に関わる重要なことが隠されているのには何か理由があって然るべきだ。


 だが、


「東京都心テレビ」

 勅使河原は案外あっさりと、その名前を口にした。

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