第693話「語られる辛い過去」

 ここが空気の流れさえも管理された結界の中であるからでこそ、緊張感がひしひしと伝ってくる。

 広い部屋にはまだまだキャパシティの余裕はあるものの、重苦しい雰囲気が圧迫感さえ与えてくる。

 全く持って贅沢な環境だというのに恩恵を得られないとは、つくつづ運が無い。


「すぐにでもお母さんの無念を晴らしたい……。この世界に無理やり連れてこられて、生まれてくる自分の娘の魂に技術の全てを写した。そして、お母さんはそれに耐えられなくて心を壊した……」


「嘘……ではないんだな」


 嘘という言葉に、スミレは一瞬この世の全てを恨んでいるかのような憎悪の目を向けた。

 そのあとは自分のこれからの態度が運命を左右する事を悟ったのだろう、しっかりと目をつむり一歩先の未来を俺へと委ねたようだった。

 どれだけ辛い過去があったとしても、それに加担するかどうかの選択は俺にゆだねられている。


 バニティーがどういった意図があって、異世界から人間を呼び出してまで卑劣な行為に及んだのか。

 事実としてそのようなことがあったのか。

 疑問があった。


「それが本当なら、どうして自分に起こったこととお母さんに起こったことを知っていたのかしら? そんなにひどい状態ならお母さんもただでは済まないでしょ?」


 ディアナが投げ掛けた質問はもっともだった。

 精神が壊れた人間が生まれてきた我が子にそれを伝えるすべはないはずである。

 勿論、度合いによっては口頭で伝えることは出来るがはたしてそうなのか。


「いや待てよ……」


「今、話しているのは……」


「そういう事。あたしには、死んだお母さんの記憶とあいつの私が生まれる前までの記憶が全部頭に入ってる!! 五年前、急にお母さんがあたしを連れてここまで逃げてきた!! どおうして、急に我に返ったのかなんて今になってはわからないけど門の手前で力尽きて、あたしだけ生き延びた……。うぅぅうぅ」


「そうか……」


 そんな事があるのだろうか。

 ここまで、相当な距離だ。

 異世界の人間が、何の力もなく辿り着けたとは思えない。



 

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