第428話「見え方が変われば」
ここで海といえば即ち広大な蒼き海原をそうぞうするだろう。
しかしながら、俺が目にしたのは日が照らし出す淡く赤みがかった揺れる水面の一片にすぎない。
元の世界でさえも海の形はまちまちであったのだから、この世界が同一であるとは限らない。
赤く見えたのでさえも本来の形であるというのであれば、本質から揺らぎかねない。
思い込みというのは甚だ恐ろしい物なのだから、うかうかなんてしてられない。
急ぎはせども草木に足を取られながらも、遠くの注意は怠ることはない。
上を向けば相も変わらず長く背の高い木の傘。
下を向けば手入れなどされてもいないのだから、無規則に生い茂る草木に小動物から昆虫まで絶え間なく視界に映り込む。
奴らは襲ってくることはないにしろ、友好的などとはかけ離れている。
手を伸ばせば牙をむき、膝をつこうものなら群がってくる。
気の許せる場面などあるはずはない。
それにもかかわらず。発狂することもなくこの生物たちをみて平気でいられるのはこの香りに他ならない。
空気が綺麗などと言えば聞こえはいい。
そんなに甘いものではない。
死と再生を繰り返す条件さえ整えばこの空気が作り出される。
香りはその成分が鼻孔に辿り着いて初めて感じられる。
そして、自然を感じるという事は即ち不自然な環境に生きてきたという事である。
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