第192話「特別な存在」

 水面から月光を望むように淡い虹色が心を満たす。

 澄み切った空には星空が広がり、雨によって空気中の微細な塵も洗い流され今までにないくらいその輝きを増している。


 この世界にも巨大な機械のロボットがいるのだから元の世界と同等とまではいかなくとも空気を汚すような施設もあるのだろう。

 この辺りは村も町も小規模で化学などとは程遠い。


 工場などもなく光源も火や電気を必要としない、エコな自然の鉱石のようなものが主流となっている。

 

「また、遠くを見ているね。アマト君にはこの世界がどう見えているのかな」


「俺のいた世界じゃ、こんなに空は明るくなかったんだ。空よりも地上の方がはるかに明るくて、眩しいくらいだった。まだ一週間も経ってないのに遥か昔の事のように思うんだ」


「ボクもアマト君と同じ……。じゃないね。でも空が綺麗に見えるのは同じだよ。ボクがいた世界はもっと色がなかったからね」


「ありがとう」


「何が?」


「月を見ていたら自然にね」


「月?」


「あの空に浮かぶ丸くひときわ大きい星が二つ、どっちが何か何てわからないけど俺のいた世界じゃ月って言ってたんだ。そしてその月にちなんだ言葉が世界中にちりばめられて、特に俺のいた故郷では感慨深いものが多かった。この世界の人には通じないし、意味もない……。もう昔のことさ……」


 俺はそこで言葉を紡ぐのをやめた。

 今は過去を振り返ることは許されない。

 しかし、今まで培ってきた知識や経験はこれから先も必ず必要になる。目を逸らすことは出来着ない。

 

「ボクも短くない時間を過ごしてきたけど、まだ知らないことが多いみたいだね。月っていう言葉も初めて聞いたし、アマト君といると飽きるってことがないよ」


「それはどうも」


「次、何をするか……」


「ああ、飽きさせないシナリオは出来てる。だが、その前に三人を迎えに行かないとな」


「そうだね。楽しいことはみんでやらないとね」


 ルナの笑顔は無邪気な少女そのものだった。

 静まり返った草原を歩き出す俺達。

 向かうのは三人がいる元々村があった、開かれ瓦礫が散乱する廃村というにはもどかしい土地。


 改めて振り返り向かう先を見ればそこは見渡す限り遮るものがなく、星の明かりが滴る地面を垂らして蒼茫の華が咲いていた。

 時間にすれは左程経っていないというのに、半日で今まで人が作り上げてきたものが消えてなくなり無に帰す。


 幾度となく現実離れした光景は見てきたつもりだった。

 だが、これから先も常に非日常が付きまとうのだと思わずにはいられない。

 高揚感と喪失感が鬩ぎあう。


 何かを失う恐怖と、新しいことに出会う喜びが拮抗しているからこそ生きていることを実感できるのだと思うのだ。

 

 ルナはアマトが不敵に笑うのを見た。

 普段はどこにでもいるような年相応な普通の青年だと言えばそれまでで、何かあるのだとすればその特別な力くらいなものだった。 


 なのに、唯一無二の存在に惹きつけられるような感覚がある。

 一瞬垣間見た笑みこそがそれだった。

 勿論笑った顔が好みだという話ではない。


 アマトはなのだ。

 この世界にも、この少女にも。


    


  


 

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