第144話「言えない嘘は必ずしも悪しからず」
辿って来た道を戻るだけだというのにその足取りは重い。
景色も大きく変わり村としての面影も無くなりつつあり、方向感覚を狂わされでもしたら戻れるかどうかも危うい状況となっていた。
「ルナ、早く戻らないと診療所が……」
ユイナはそれ以上声に出すことができなかった。もしものことなど考えていても仕方がない。それに口に出してしまえば本当になってしまうような気がした。
それほど、この世界における言霊というものには言葉に言い表すのもためらうほどの力があると言われているのだ。
「早く戻らないといけないのはわかるけど、これだけ雨が強いとユイナちゃんを抱えて飛ぶのもちょっと難しいよ。ボクだけなら飛んでいけないこともないけど」
ユイナに問いかけるようにルナは言う。答えは初めから見えているのだが、敢えて問うたのは気づかいによるところ。
時を待つことなくユイナはルナに答える。
「先に戻って二人を助けてあげて。アマトならわかってくれると思うから」
「本当にいいんだね? 今のユイナじゃ、戻ってこれなくなるかもしれないよ」
「甘く見ないで。私はやれる」
力強く、ユイナは前進する。凄まじい濁流でも前進できるのは人間離れしたステータスの恩恵によるもので元の世界の人間に限らず力なき村人では流されてしまっていることは言うまでもない。
それを理解しているからこそ断言する。
二つの人生を歩んだからこそ状況が理解できている。今が窮地であると。
「先に戻ることにするよ。ユイナちゃん、待ってるからね」
「ええ」
あっという間に目の前からルナが消えたように飛翔し、遥か彼方へと行ってしまったルナを見送る。
はじめからわかっていたことだがルナがユイナ一人抱えたところで飛ぶことができなくなるなんてことはなかった。
ルナの力は圧倒的なのだ。それこそ、常人には神の類にしか思えないほどその力は絶大。
敢えてこの場にユイナを残したのは、言うまでもないだろう。
ルナは診療所には戻っていない。
戻ったところで何も解決しないのは明白。ならば答えは一つしかない。
「ルナ……。やっぱり私をなめてるじゃない」
ユイナは自分の力の無さに奥歯を噛みしめた。
結局足を引っ張るか、そうならないように距離をおくしかないのだからやりきれない気持ちでいっぱいになる。
辺りは着々と整地されていくのが早送りされている歴史資料のように流れていく。
村なんてものは最初からなかったように進む先に阻むものが無くなっていく。
時間はあまり残されていない。
この状況を想定していなかったと言えば嘘になるが、そうなってほしくなかったという願望の方が勝っていた。
ユイナは一人診療所を目指すが、診療所にたどり着くことはなかった。
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