第67話「雨降る草原で応戦せよ」

 俺の傷は超回復のアビリティにより完全に治っているがそれを知らないユイナは治癒魔法をかけてくれた。身体から抜けてしまった血は元には戻らない為、若干貧血気味ではあるがなんとか二本の脚で立っていることは出来る。

 三人が互いに背中を合わせて三方向を見据えている為死角となる場所はないはずなのだが、視界に入る範囲には虫一匹見えない。


 俺もスペラもアビリティを持っているにも関わらず追跡者を補足することは愚か、存在すら認識していない。もしかしたら、追跡者など最初からいなかったとしても不思議と納得してしまえるほどその存在は無色透明。


「……」


 やはり声は出しているつもりなのだが、自分自身が聞き取れず聞こえないのか声を出せていないのかの区別もつかない。息を吹いてみても手には風の感覚もない。

 本来ならば手には吹きかけられた空気が風のように感じられるはずなのだが、何も感じられないが土汚れが払いのけられたことから何らかの事象が起こったことは確認できた。

 しかしながら、地面を踏みしめる感覚すら今はないのだから、後ろから押されれば簡単に倒れてしまうだろう。


 本人の自覚のないところで何かが起こりそれを感じることは出来ない。目で見えることがそれを引き立てているようにも思える。

 本来であれば今の陣形であれば、敵は攻撃の一切を封じられていると言ってもいいのだが現実は違う。

 

 俺達は少しずつ目的地に向けて後ずさるように一歩一歩北北東へ足を進めていく。しかし、このおかしな空間から解放されることはなく移り行くのは景色だけだ。

 後どれだけ行けばこの空間から抜けられのかだけでもわかっていれば、精神的には優しいと言えるが敵がそれを教えてくれる道理はない。


 スペラは何かに躓いたのか、その場で倒れるがやはり体制を立て直すことは出来ない。進行方向にいたスペラが倒れたために俺達二人も巻き込まれる形で体制を崩すしそのまま覆いかぶさる形で倒れてしまう。


 真正面で視覚に映るものは回避可能なはずなのに、足を取られることなどあるのだろうかと疑問に思ったのは俺だけじゃないはずだ。特に前に進んでいたスペラが躓くことなどあるのだろうか。

 背中を預ける形になっている俺とユイナならば、スペラが避けた段差に足をとられてしまうことはあるかもしれないが、そのあたりはスペラが足運びで危険を知らせている為俺達が足を取られることも立ち止まってしまう事もなかった。


 という事は唯一頼っている視覚情報に干渉されている可能性が最も高い。今頼れるのは目である為、絶対的な情報源の視覚に対してそれを上回る攻撃が成立すれば最早対処不可能だからだ。

 今の現状を打開するためにしなければいけないことを冷静に考えているが、決め手に欠ける。


 雨が次第に勢いを増し、まるでバケツをひっくり返したかのような土砂降りになる中ではユイナの炎の範囲魔法でここら一帯を焼き払って敵を炙り出すのも困難だ。魔法の効力も圧倒的な物量の前では無意味に近い。それを魔法の質量や威力があれば力押しでどうすることもできない。


 池をガスバーナーで焼こうが、火炎放射器を最大限活用しても干上がるイメージがわかないようなもので辺り数百キロメートル以上に降りしきる雨を干上がらせるものではない。

 それでも確実に魔力やマナは消費される。無駄だとわかっていても何かしなければなないがその選択肢を誤れば無駄なのではなくこちらを追い込むことになる。


 もともとこのような状況が起こるなどとは微塵も思っていなかった為に合図も決めてはいない。そもそもありえない状況を想定した訓練などいちいち行っていたのでは埒が明かない。

 倒れた俺達の直後に襲い掛かってくる様子もなかったが、立ち上がった直後に再び俺は前のめりに倒れ込む。

 

 口から血を吐き出すがなぜ血が出たのかは理解できない。慌てて体中に移住はないか触って確かめては見るものの特に変わった様子はない。否、触った感触も触れられた感触もないため身体にへこんだり、傷があったりしてもわからないのだ。


 見た目では斬られたような跡も穿った跡もなく、装備にも外敵損傷は一切見られない。そうこうしているうちにアビリティの効果で傷は治ったのだろう。それを確かめるすべはないが、敵に悟らせないために敢えて苦しそうに装ってはみる。


 こんな小手先の事で相手をたばかることなどできるかはわからないが、生存の可能性を引き上げる事なら小細工だろうがしていかなければならない。現状では俺の取得したアビリティの存在は味方にも知られていない。


 そこからユイナのとる行動は自ずと推測できる。そして、行動パターンもある程度定まってきてはいる。ならばこれを野生の勘が鋭い猫耳少女が見逃すとは思えなかった。

 俺は敢えて傷ついて弱ったふりをし、意識を外部に向けることはしない。なぜならばこの状況下にいるのが俺達パーティーだけだと推測できるからだ。


 俺の敵に対する敵意や警戒心を読まれれば俺の思い通りにはいかなくなる。完全に味方に頼ることにする。これは一人ではできないことであり、仲間を信頼していなければ任せることができない命を懸けた願い。


 失敗しても仲間を恨みもしなければ責めようとも思わない。全てを託すというのはそういう事なのだ。自分でできないこと、自分でするよりも適役だと思うから任せるのだから結果がどうなっても責任は任せた本人にもあるのだと理解している。

 

 互いが互いの考えを慮って行動することが前提にあれば出会って即席のパーティーだろうと、なかなかどうしてうまくいくものだ。総じて各自の能力も引き出せるのであれば最早いうまでもなく、数の多い方が強い。 

 

 相手が一人だとはきまってはいないものの、こちらは三人いるのだから思考する頭も三つあるということ考えられるパターンの多さは一人よりも多い。

 それならばそれを活かさない手はない。

 俺は二人を信じている。そして、おれが気が付いたある一つのポイントに恐らくスペラならば気が付いているはずだ。


 ユイナの治癒が完了して俺とユイナが二人が立ち上がり僅かに一息ついたタイミングで俺はゆっくりと振り替える。

 自然にふるまう為に敵の事を一切忘れてユイナへの傷を治してもらった事への、感謝の言葉を述べることにだけ意識を絞る。

 動作に違和感がない。


「……」


 俺はありがとうとユイナに言うと手を軽く握って、労う動作をする。 

 ユイナも俺の言葉は聞こえていないはずだが、その言葉に答えてくれる。


 スペラが動いた。


 何もない空間へ飛び掛かり、雷炎の獣椀を叩き込む。

 ユイナもこの一瞬のタイミングに合わせてマナをスペラに送る。それはまるでいつ行動起こすかを予期していたかのような絶妙なタイミングだった。

 その腕が貫いたのは痩せた薄着汚い風貌の短髪の男の左腕だった。


「ぐっはっ!!」


 俺は確かにその男が発した声を聞いた。

 そして、地面を打ち付ける雨音の激しさに思わず耳を塞ぎたくなった。


「これで止めにゃ!!」


 再び右腕を男へと素早く振りぬく。しかし、これは男には届くことなく、カウンターの蹴りがスペラの右腹をえぐるように入ってそのまま吹き飛ばす。


「にゃっ……」


 地面を剃りとるようにことがっていくスペラへ、なおもこれでもかと蹴りを放とうとする男にユイナがレクフォールで受け止め力任せにスイングし、はねのける。


「やらせはしないよ!!」


「お前らっあああああ!! 俺になぶられてらぁいいものをよおお!! なんでわかったんだよおお」


「雨にも負けない五月蠅さだな……」


「余裕なんてねえんだよ、また俺の術でお前らみんなぁあ、いたぶってやんよぉお」


 音はそう息巻いて、なにやらぶつぶつつぶやきだした。

 しかし、それを許す俺ではない。

 こいつは何もわかっていない。恐らく今まで誰かに負けた事など無かったのではないだろうか。

 

 なぜならば、こいつは俺達が知らずに術にかかった為に苦戦をしたことを理解していない。現状スペラに一方的に攻撃されユイナに放った蹴りは力で押し返されたというのにだ。

 まるで状況が理解できていないのだから、もうすでに勝敗は決した。

 

「これで、お前らは終わりだ。もっとなぶってやりたかったが、とりあえず猫耳!! お前は俺の腕をこんなんにしてくれたからよぉおおおお!! てめえはぁあああ今すぐぅううううう殺すぅうううう!!」


 男は正面から何も細工する様子はなくそのままスペラの顔目がけて跳び蹴りを放つが、それをやすやすと避けたスペラは雷炎獣椀をその飛んできた足へと向けた。

 案の定、先に向けられた右足はスペラの腕により消し炭になりそのまま燃え尽き消滅した。


「なぜだ、何で俺の術が効かないんだよ!! 

 

「何でかにゃ?」


 スペラも不思議そうな表情をみせている。何が不思議化というと恐らく何も考えずに正面から飛び掛かってきたことに対してだろう。

 もう、負ける要因は何もない。

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