第20話「希望への一歩」
俺は生きてるよな。
「しっかりしろ、寝ている時間はないぞ」
俺はガシャガシャと鎧を鳴らしながら、カイルに揺られていた。
巨人の一撃よりも強力なのではないかと思いつつ、意識を覚醒させていく。
「にゃにゃにゃ」
びくびくおどおどしているスペラ。
カイルを見た途端に怯え出し、ふと森にちょっかい出す輩の存在を思いだす。
「村の娘がなぜこのようなところにいる。近隣の村には立ち入りを禁止する旨を伝えていたはずだが?」
「ニャマが病気で死にそうになってるにゃ! それで、薬を買う金もにゃいから森に薬草を取りに来たにゃ」
「そのようなもの、持っていないように見えるが」
「にゃっ!! 薬草を詰めた袋……捨ててしまったにゃ!! 探さなきゃいけにゃいにゃ!!」
麻袋を探しに行こうとする、スペラの腕をつかむカイル。
「おっと、どこへ行く。聞かなければならないことがある以上このまま逃がすわけにはいかん。おとなしく来い」
猫耳少女を肩に担ぐとそのまま森を抜けるために歩み始める。
辺りを見渡すがそれらしいものは見当たらない。
だからと言って、この猫耳少女が嘘を言っているとも思えなかった。
なぜかと言えば、何一つ身に着けていないのはこの目で確認したからだ。
薬草の入れていた袋があったとしても、燃えてなくなったという事も考えられる。
それに命を懸けてまで森に入る理由がこの幼い少女にあったというならば、それなりの事情だと思った。
「勝手に入って悪かったにゃ!! 謝るにゃ。だから、お願いにゃ離してほしいにゃ。ニャマが……」
急に静かになった少女に視線をやると、寝息を立てている。
相当疲れていたのか、深い眠りに入ったスペラはガシャガシャと音を立てる鎧に担がれていても目を覚ます様子はない。
「魔力を全部使ってしまったみたいで、意識を保っていられるのが不思議な状態だったの。魔力は底をついた状態でいることは、わかりやすく言うと強烈な眠気に襲われている状態かな。眠れば魔力も回復するから、本能的にそういう風にできてるんだと思う。私も同じ状態になったことがあるからわかるんだけどね」
ユイナは照れ臭そうにスペラの状態を説明してくれた。
「見つけたときは全身ぼろぼろだったしな。俺たちがたどり着く前に意識が無くなっていたら不味かったってことか。さっき少し話しただけなのに死なせなくてよかったって心の底から思うぜ」
「私も同じかな。素直でいい子みたいだし、本当に良かったよ」
「それにしても、ここまで来た理由が気になるな。ニャマが死ぬとかどうしたとか言ってたが、誰かの命がかかっているならこのまま寝かせておくのもまずい気がするが……」
「でも、ここまでぐっすり眠っているのを起こすのも大変かな。本当なら、意識を保つに必要最低限の魔力は残しておかなといけないんだけどね。そうも言ってられないほど追いつめられていた、と思うとかわいそうかな」
相変わらず、モンスターは待ってくれないようで、歩いているそばから様々な獣から土くれまで飛び掛かってくる。
しかし、この辺りで出会うモンスターの類は小物ばかりで軽くケチらせることができる。
自分の力量が急激に上がったことも要因の一つだがどうやら森の出口に近づいてきたようだ。
モスギガスのいた湿地帯からはかれこれ一時間以上歩いてようやく、陽光の良く差し込むところまできた。
この森の特徴としては中心部に近づけば近づくほど森は鬱蒼とし、入り組み樹海が広がっている。
樹木の間隔も外に向かうに従い広くなり、足場も次第に安定していく。
「理由はどうあれ、ここにいた理由を聞きださなければならん。場合によっては処罰せねばならんことを覚えておけ。時と場合によっては甘さは禍根を残す。敵の密偵ならば生かしておけばこちらの内情を他国に筒抜けになることになる。心しておけ」
カイルの考えは最もで、反論の余地などなかった。
確かに、今しがた出会ったばかりの赤の他人と言えばそれまでだ。
それでも、一言二言と言葉を交わせば最早他人という気はしてこなかった。
ユイナにしがみつき、俺のことを勇者様と呼んだ猫耳の少女。
できる事なら、もとの居場所に帰してあげたい。
「俺は……この子が敵の密偵なんて思えない。わざわざ、こんな危険な森の中を一人で探りに来るなんて考えられない」
「私も、アマトの言う通りだと思います。スペラからは邪心は感じられなかったもの。純粋で穢れのない心の持ち主だと思います」
俺の理の通らない意見に助け舟を出すようにユイナは肩をもってくれた。
「可能性の問題だ。ユイナが言うようにこの子供は嘘はついていない。しかし、嘘と真実は必ずしも相反する関係ではない。素直故に、行った行動が必ずしも正しいとは限らんのだ。現に禁じている森へ立ち入っている。正義の前ではすべてが許される道理もまた等しくないという事を知るべきだ」
口では厳しいことを言っているがその場で、処刑することだってできたし、引きずって連れていくことだってできたはずだが、ある程度気遣っている様子が見られる。
おそらく、俺たちがこれから先も似たような状況に合うことを見越してこのような物言いをしているのだ。自分の預かり知らぬところで、死なれても目覚めが悪いと思うし、なんだかんだでいろいろ気を配ってくれている。
「俺の考えるようなことなんて師匠ならお見通しでしたね」
「考えを改める必要はない。選択肢は一つではないという事だけ覚えておけばいい」
「私も何か正しいかなんてわからないけど、取り返しのつかなくなることは避けたいかな」
ユイナは俺とカイルの話を聞いたうえで良く吟味し、難しい顔をして言う。
「それが難しいんだけどね……」
俺はこの短い時間の中で、数えきれないほど選択をしてきた。
落雷にしても、無視することもできたし急がずペースを乱さず、様子を確認する程度に留めておくこともできた。
振り返れば気が付かないうちにありとあらゆるものを切り伏せてきたに違いない。
思いにふけっていると森の終わりが見えてくる。
日が沈む一歩手前。
真っ赤に燃える地平線が山の向う側に広がっているのだろう。
ようやく、俺たちは森を向けた。
通ってきた森の名前をこの時、知っていれば選べた選択肢は悲惨なものではなかったのかもしれない。
そのことに気が付くことなど永遠にありはしないのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます