鳥籠の中のアリス

礫瀬杏珠

第1話 昔の記憶

初恋の人は絵本の世界から飛び出してきたような存在だった。真っ白な天然パーマの短い髪と肌。眼鏡の奥に真っ赤な目をしたとても綺麗な人。


「恵理架、今日から家に住むことになった白兎君だよ」


父さんは彼を親戚だと言った。

私は何故か気恥しくて母の背に隠れて、その人をチラチラと見ることしか出来なくて。


「ほら恵理架?ごあいさつは?」


母が無理に私を引き出して挨拶を強要した。


「……やだ」


なんでこんなに恥ずかしいんだろう。


「もう、恵理架は恥ずかしがり屋さんね……ごめんね、普段はこんなに人見知りする子じゃないんだけど」


「ええ、分かっています。これから宜しくお願いします、恵理架さん」


彼が私の前にしゃがみこんで手を差し出した。大きな彼の手。その手には真っ白な手袋が嵌められていた。もう春だというのに何故室内でこの人は手袋をしてるのだろう。


私はその手袋の中を知りたくて手を伸ばしたのだが、彼は私と普通に握手を交わす。


「なんでてぶくろしてるの?」


純粋に尋ねると彼は少し困った顔をして、父の方を向いた。


「……先生、よろしいですか?」


父を先生と呼ぶ人は他にも沢山いたけど、彼の言う先生はどこか他の人と違って聞こえた。父が首を振る。


「ごめんなさい、先生がそう言っているので……僕は陽の光に当たると火傷をしてしまうんです」


後々に調べると彼は先天性白皮症、アルビノだったらしい。

しかし、彼は眠る時ですらその手袋を外そうとしなかった。

私はずっと彼の手袋の中が見たかった。


私は彼を「お兄ちゃん」と呼んで彼が家に居るうちは常に付きまとう子だった。


今思えばあれは淡い初恋だったのではないか。


絵本を読み聞かせてくれたり、休みの日には公園で鬼ごっこにかくれんぼ。


仕事の忙しい両親の代わりに私と遊んでくれるお兄ちゃんが、私はどんどん好きになっていった。


「わたし、おっきくなったらお兄ちゃんとけっこんするー!」


などと宣って父を絶望の淵に追いやったのも懐かしい思い出だ。


三日月の夜、両親は相変わらず仕事が忙しくて二人で過ごすことになった日に私は両親に打ち明けたのと同じ調子でお兄ちゃんに好意を伝えた。


「……そうですね、恵理架さんが大きくなって、それでもまだそう仰るならその時に考えましょう」


そう言って彼は手袋越しに私の頭を撫でてくれた。その顔はどこか悲しそうで、私は変な気分になった。


このまま私はお兄ちゃんとずっと暮らせるものだと信じていた。

でも、永遠なんて無かった。


昨夜に隣の布団で眠ってくれていた彼は、朝にはいなくなっていた。


「白兎君は臥木に帰ったよ」


お兄ちゃんは?と尋ねた時、父は不思議そうな顔をしてそう答えた。


どうして、帰ることを私に教えてくれなかったのか。私が好きだと言ったから?自然と涙が溢れて、私は声を上げて泣き出した。


「恵理架は泣き虫だものね、帰るって言えなかったのよ」


母が私の頭を撫でてそう諭す。


幼い頃の思い出だが、彼の事を中学生になった今でも忘れられないと言ったら笑うだろうか。私はいつか絶対に臥木に行くんだ。


そう思っていた私にとって、両親の引越しはまたとないチャンスだった。

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