12 マチダさーーーん!
フロンデイア軍所属の戦艦「ハコビ・タクナイ」は、中継補給地点である「ポッケスタップ宙域」へと、航行を進めていた。
先の戦いで、モラウ・ボウが勝手に出撃――彼女は今、5日間の独房生活である――した結果、右腕を破損したカントム。
その修理は完了したものの、保有していた金属「ニョイニウム」を、多く消費してしまった。
整備員達の要求に応じ、補給に立ち寄ることにしたのである。
なお、本来の目的地は、「ポッケスタップ宙域」ではなく「ツイットキャスット宙域」であり、フロンデイア軍の戦力が集結し、戦況を立て直す算段となっていた。
――物資は、使えば減る。
これは自明の因果関係のように思われた。
◆
戦艦ハコビ・タクナイが向かうポッケスタップ宙域には、フロンデイア軍の小さな拠点があった。
強力な戦力を有しているわけではない。しかし、各星で産出された物資を星間物流ラインに載せる、「ハブ」としての機能を有した、重要な拠点だ。
ここに恒常的に大戦力を駐留させておくわけにはいかなかった。
――大戦力は、当然ながら、物資を食い潰す。
せっかく各星から集めた物資が「駐留」戦力に消費されると、物流の効率が悪くなる。
従って、敵――ここまで攻めこんでくる事態は、現実的な危機としての想定がされていなかったが――に対しては、武力ではなく、「隠密」によって対応すべき、という思想になっていた。
ポッケスタップ宙域に浮かぶ、無数の小惑星。
その中でも軌道が安定しているものを選び、内部を簡易にくりぬいてスペースを確保する。なるべく手数のかからない方法で「物資のコンテナ星」とする。
それぞれのコンテナ星を攻略、破壊するのは、武力的には
しかし、それはコストパフォーマンスが見合わない。
――特に、補給線が長くなりがちな、遠征軍にとっては。
・無数の小惑星のうちの、どの星と、どの星が「コンテナ星」であるのか?
・どの「コンテナ星」に、指揮中枢があるのか?
・どの「コンテナ星」に、現時点での物資が保管されているのか?
これらは、外部から特定が困難だ。
このように、全てのコンテナ星の攻略がコスト的に見合わないよう設計された「宙域クラウド」を構成し、このクラウドに物資を
ポッケスタップ宙域の補給拠点は、そのような仕様になっていた。
戦艦ハコビ・タクナイが軍艦識別コード付きの通信を送ると、艦の前方に広がる星の群れの中の一つが、着艦誘導路を示す
「着艦に支障無し」を示す緑色のライトに導かれて、ハコビ・タクナイは、その星の内部空間へと吸い込まれていく――
◆
戦艦の左舷に接続されたタラップから、順次、クルー達が降りていく。
艦長のキモイキモイが先頭。
コムロとモラウ・ボウも、その列の中に居た。
この先は激戦が予想されるため、モラウ・ボウには、独房を一旦出て、補給地での特別行動が許された。ただし、特別行動に要した時間の分だけ、延長して独房入りしなければならなかったが。
「補給要請を受諾くださり、ありがとうございます」
ザッ!
艦長のキモイキモイが敬礼をする。右手の先を左側のこめかみ付近にあてる、「C」型の敬礼だ。
ザザザッ!
艦長の後ろに、横隊状に並んだ他のクルーたちも、艦長にワンテンポ遅れて、一斉にC型敬礼を行う。
「よくぞ、生き残っていらっしゃった」
隊列の向かい側に立った軍服の男性も、敬礼し、ねぎらいの言葉を発した。この補給コンテナ星の担当指揮官と思われる。敬礼の際、右の肩に貼り付けられたモクモク雲マークの徽章がちらりと見えた。
「ありがとうございます。クルーを代表して、お礼を述べさせていただきます」
艦長のキモイキモイは、背筋を伸ばして言った。
その後、ハコビ・タクナイの整備員等の実務部隊は、コンテナ星の実務部隊と連携して、2交代制での補給作業を開始。
艦長をはじめとした首脳部は、コンテナ星の指揮官達との情報交換。
それ以外のクルーは、現地で半日間の特別自由行動だ。
といっても、1つのコンテナ星の建設にかけるコストは、限界まで圧縮されている。見どころとなる観光施設も無い。
そんなコンテナ星の、ほぼ唯一と言ってよい娯楽。
それが
物資の搬入・搬出作業などでかいた汗を、現地の温泉でさっぱりと流す。
――シンプルだが、心地良い道楽。
モラウ・ボウもそこに行くと言う。
「コムロも行こうよ!
はしゃぐモラウ・ボウからそう誘われたが、コムロは、あまり乗り気ではないようだ。
「おーい、コムロ君」
そこに、キモイキモイ艦長から声がかかる。
艦長は、コンテナ星の、モクモク雲の徽章を付けた指揮官男性と、打ち合わせの最中であった。
「はい、なんでしょう?」
渡りに船、とばかりに、コムロは小走りで、艦長の元へと向かった。
「もう!」
ふくれっ面のモラウも後を追う。
「ハッケヨイ指揮官殿、彼が、カントムの
艦長は、コンテナ星の指揮官男性に対し、コムロをそう紹介した。
「おい、こんな子供が
ハッケヨイと呼ばれた、中肉中背の男が、露骨に嫌な顔で言う。言葉に棘がある。
「こんなのにまかせて大丈夫なのか?」
ハッケヨイは語を継いで、両腕を組んだ。軍帽の下の目に、猜疑の色が宿った。
コムロは、特に気にしていない様子だ。
一方、ムッとしたモラウ・ボウは、彼女の前に立つコムロの左手をつかんで、ギュッと握った。
「ええ。ハッケヨイ殿。非常に優秀な
キモイキモイ艦長はそう擁護した。
「本当か?」
疑わしげな口調の、ハッケヨイ。
当たりに不穏な空気が滞留していた。そこに――
「あはは、手厳しすぎますよ? 指揮官殿?」
少し遠くから、女声の、朗らかな笑いが響いた。
みんなが振り向くと、軍服の女性が、こちらにやって来ていた。
「補給作業の手はず、整えて参りました」
そう言って、優美なC型敬礼を披露する、軍服の女性。柔らかさの中に、芯のある、高めの声が響く。
「おう、ごくろうさま」
ハッケヨイ指揮官が敬礼で応じ、この女性をみんなに紹介した。
――マチダ中尉。
ハッケヨイ指揮官の副官で、有能な事務処理能力を有しているとのこと。
しかし、指揮官の説明が無くとも、また、制服の上からでも、彼女が美貌の持ち主である、妙齢の女性であることはわかった。
ポーッとなるコムロ。
コムロと手を繋いだモラウ・ボウの、反対側に握られたニョイ・ボウが、
バーデ!
バーデ!
と音を発した。途端に赤面するコムロ。
きょとんとする、周りの一同。
――かつての科学者、デンジロー先生が行った、「何人かで手をつないだまま、静電気でバチッ! とイテテテテ」実験のようであった。
「あははは、かわいいカップルさんね」
マチダ中尉が笑いながら、手をつないだコムロとモラウの方を向いて言った。
慌てて手を離すモラウ・ボウ。
きょとんとするコムロ。
「おい、仕事の最中だぞ!」
ハッケヨイ指揮官の注意で、その場が引き締まった。
――
――
艦長キモイキモイ達は、今後の行動計画を打ち合わせるべく、戦艦が停泊しているドッグからやや離れた、会議棟へと移動することになった。
コムロとモラウも途中まで同行する。
軍用車は大型で、最前列の運転席には下士官と思しき運転手が乗り込み、残りのメンバーは、後方空間へと乗り込んだ。
コンテナ星側の、ハッケヨイ指令とマチダ中尉。
それと向かい合うように、戦艦ハコビ・タクナイのキモイキモイ艦長とその副官。そして、おまけのコムロとモラウだ。
互いに向かい合う、後方座席配置となっていた。
ブオオオオオ
ややエンジン音が大きい車。必然的に、会話はやや大声となる。
「簡易さ」を旨とするコンテナ星の設計思想からだろう。車窓を流れる建物群も、長方形の、分かりやすい物が多かった。
――「右に見えますのはー!」的なバスガイドも、不要のようだった。
場は、ハッケヨイ指揮官と、キモイキモイ艦長とが中心で会話が進んでいく。
・フロンデイア陣営の、あちこちのニョイニウム採掘星は、敵軍であるリバタニアの急襲を受け、甚大な被害を出したこと。
・大抵の駐留戦力が採掘星を放棄し、集結地点へと急行中であること。
・結果、ニョイニウムの軍事転用計画に、大幅な見直しが必要になったこと。
これらは、傍から聞いているモラウ・ボウにも理解できた。
――彼女が家族やコムロ達と暮らしていた、採掘星「サンドシー」もまた、そうやって敵に襲われたのだから。
「上層部は大慌てで、量産機の計画修正を行っているところだ」
ハッケヨイ指揮官がそう言うと、戦艦ハコビ・タクナイの一同が驚いた。
「量産機?」
座ったまま身を乗り出して、つい、聞いてしまうコムロ。
「子供が口をはさむつもりか?」
ハッケヨイ指揮官が眉をしかめる。
「まあまあ」
と、なだめにはいる、マチダ中尉。
キモイキモイ艦長も、フォローに入る。
「彼は、ホシニ・テツ先生の息子さんなんです」
――途端に、ハッケヨイ指揮官の表情が変わった。
「おお! ホシニ先生の!」
「父をご存知なんですか?」
驚いて聞くコムロ。
「ああ。何度か、お会いした事があった。私は受講生にすぎなかったがね。とても頭の回転が速く、そして、気さくな先生だった……」
そういって、ハッケヨイは気まずそうにしていた。
――コムロの父、ホシニ・テツの死を、報告により知っているのであろう。
……しばしの沈黙。
この空気をゆるやかに押し開いたのは、ハッケヨイの隣に座った、背筋がピンと張った女性中尉だった。
「それで、カントムの力の引き出し方が、とてもうまいわけですね」
マチダ中尉の言葉で、暗くなりそうな空気が、明るい方向へと変わる。
「そうです。先日も、敵のマイケノレ隊の多数の兵力を、単機で追い返す戦果をあげています」
と、これにかぶせる、キモイキモイ艦長。
ハッケヨイ指揮官は腕を組み、言った。
「最初に戦果報告書を見た時、『そんなワケが無い』と思っていた。だが、あのホシニ先生の息子さんなら……わかる気がする」
ハッケヨイは、うん、うんと頷いた。そして、
スッ!
右手を差し出すハッケヨイ。
困惑するコムロだったが、数瞬後、「握手を求められている」と気づき、コムロもおずおずと手を出した。
ガシッ!
ハッケヨイの手はザラついていた。
おそらく、指揮官自ら、資材の搬入作業なども、こなしているのだろう。肉厚の手で、傷痕と思しき凹みも感じられた。
そして、やはり力強かった。
新天地を目指す大人たちは、みな、そうなのだろうか? そんな感触をうけるコムロ。
ハッケヨイは、離した手で、「心」という印を描く。とん、とーん、とん、とん。
そして、語を継ぐ。
「カントム、大事に乗ってくれよ? うちらの命運が、かかってるからな」
「子供に背負わせすぎですよ」
副官の女性、マチダ中尉が言う。
しかし、ハッケヨイはマチダ中尉へと軽く向き直り、
「子供とか大人は関係ない。現に、死地で戦わなければならないのは彼だ。事実は知っておくべき。その方が、彼のためだ」
そう、ハッキリと言った。
コムロの左隣に座ったモラウ・ボウも、「コムロにばかり背負わせ過ぎ!」とでも言いたそうな目で、向かい側に座るハッケヨイ指揮官達をじっと見ていた。
それに気づいたコムロは、モラウに顔を寄せ、小さな声で言う。
「大丈夫。出来る事と出来ない事があるって、僕は知っているから」
その声は、右隣に座ったキモイキモイ艦長にも聞こえていたようだ。
「そう。出来る範囲で、全力を尽くしてくれ」
と、キモイキモイ艦長。
コムロは、周りを見渡す。そして、
「はい!」と頷いた。
◆
軍用車が停車する。
コムロとモラウは、
ハッケヨイ達は、会議に向かうべく、車に、のこったのこった。
車の中のハッケヨイが、窓越しに言う。
「有望な
「ありがとうございます」
コムロは一礼で返す。モラウも傍らで一礼した。
そして、六曜を気にする
―続く―
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