第2話
様々な色合いの落ち葉を踏みしめて、羽廾は葦毛の馬を巧みに御しながら森のなかで山鳥を射止めた。彼は大いに楽しんでおり、鞍にはたくさんの鳥や獣が括られている。
山鳥を拾うため、馬を降りたところ、そばの茂みから
がっくりと肩を落とし、矢を拾い上げる。
雉が飛び去った方を眺め、センはため息をついた。そこで
「羽廾さま、立派な山鳥ですね」
羽廾が手にした立派な尾羽の丸々とした山鳥を見て、自然と賞賛の言葉が出てきた。彼の後ろに控えた馬の鞍につながれた獲物の多さに、センは
力輝に弓を使えるなどと、言わねばよかったと後悔していた。
このままでは万に一つも勝ち目はない。
「セン殿も惜しいところでしたな」
目をつぶれば偉丈夫が喋っているとしか思えない低い声である。それが可愛らしい兔--本人は心外かもしれないが--の口から出てくるのは何度聞いても耳慣れない。思わず笑顔になってしまう。
それでも羽廾は生粋の武人である。センとたいして変わらぬ背丈の小男は、
「羽廾さま。どうしたら一矢で獲物を仕留められるのですか?」
「狙って外さぬ事です」
事も無げに言ってのける羽廾に、我知らずセンは顔をしかめた。
それが難しいから尋ねたのに。センの言いたいことが伝わったのか、羽廾は笑い出した。
「もちろん。鍛練あるのみですな」
どんなに名人と呼ばれる者も、腕を磨き続けなければ鈍るもの。
少し、コツをお教えいたそう。手にした山鳥を鞍に括り、手綱を枝にかけると、羽廾はセンに弓の稽古をつけてくれた。
「よいですかな? 獲物を仕留めるには、急所と呼ばれる狙いどころに的確に矢を当てなければなりませぬ」
矢に二本目があると思ってはいけませぬ。思えば気が緩み外しまする。次の矢をつがえている間に獲物は逃げてしまいますぞ。そうならぬよう気を落ち着け、よく狙いを定めて放つことです。
羽廾が短弓を使っているのに対し、センは小型の
竜田姫が彼に貸し与えたものだ。姫の扱う弓を借りたと聞くと、何だか男の子として情けないが、秋宮にある弓はどれも実戦に使われる強靭なものばかりで、彼に扱えるものがなかったのだ。
それでも武器である。
威力が落ちるとはいえ、鳥を狩るには十分な強さがあった。
されど、このような弓をセンは見たこともなく、扱いなれない弩は彼の狙いをことごとく外させた。
「狙いが振れぬよう脇を閉めなされ。弩の重みを手で支え切らぬときは木の枝や岩にのせて動かぬようにすることです」
立て膝をつき、体勢を低く構え、目先の木になっている
「お見事!」
羽廾は狙い通り的を射ぬいたセンに、えびらを叩いて褒め称えた。
不意に頭上から心地好い鳴き声がして仰ぐと、樹の頂きに大きな鳥が止まって啼いていた。大きな体に長い足、繊細な尾羽を立てて広げるさまはなんとも美しい。青緑色の羽に所々燃えるような赤い羽が混じっている。それが陽光を浴びて金属質な光沢を放った。
再び啼く。
「ほう、
この鳥は五音に当たる美しい声で啼くと伝えられている。
その姿や声から射るに忍びない。されど是非、出来れば生きたまま捕まえたいと思った。
鸞鳥は一通り啼くと飛んでいってしまった。
その姿を見詰めたままセンは走り出す。
「おれ、あの鳥を捕まえられないかやってみます」
返事を待たずに藪へ消えたセンに、羽廾は声をかけ損ねた。
センは、誘うようにふわりと飛ぶ鸞鳥を追っていった。向こうもまるでセンについてこいと言わんばかりに木々へ停まりながらゆっくりと進む。
気が付けば、獣道に出ていた。ただ、その道は藪や森だったところを破壊して、無理やり造られたと言った様子だ。なぎ倒されて折れた木が無惨な断面をさらしている。出来て間もないその乱暴な獣道は、奥の方まで続いていた。
「猪ですな」
後を追ってきたらしい羽廾が、警戒するように耳を立てている。
木のささくれに引っ掛かっている毛を見つけ、この獣道が大猪によって作られたことを教えてくれた。
羽廾が手にしている毛は、針金のように硬く長かった。道の太さからしてもかなりの大猪である。
「不味いですな」
なぎ倒されている木や笹の流れを見て羽廾は眉を潜めた。道の行く先に目を凝らし、その不安を口にする。
「この先は月見台ですぞ」
「えっ!」
鸞鳥が再び鳴いた。
まるで彼らに急げと言わんばかりに道にそって飛んでいく。
「セン殿は如何される?」
羽廾は助けに行くようだ。
そのうえでセンに共に行くかと問ているのである。
相手は化け物なみの大猪だ。共に行くならそれと戦うことになる。
「もし残るのなら白帝にお知らせ願いたい」
「行くよ!」
羽廾が言葉を言い終わらない内にセンは共に行くと返事した。ならばと羽廾は鞍に積んでいた獲物を下ろしてセンを馬に引き上げる。
「振り落とされぬようしっかり掴まってなされ!」
センは羽廾の腰に腕を回すと、振り落とされぬようにしっかり手を握り会わせた。羽廾はそれを了承ととると馬首をかえし、森を穿つ獣道を飛ぶように走り抜けた。
獣道を抜けると、そこはすでに戦場さながらの光景が広がっていた。
引き裂かれた陣幕の向こうに、四つある柱の内のひとつをへし折られた月見台がみえる。僅かに傾いだ台の上、竜田姫が両手に庇うように白嶺と黒嶺を抱えていた。その三人を更に夕錦ら侍女たちが薙刀を構えて背にかばう。
台の下では、牛の数倍もあろうかと言う大猪が、天人の護衛相手に暴れていた。
真っ黒な剛毛に覆われた体が、時おり青み帯びた
怒りと憎しみに燃える紅い瞳。
「
羽廾が
山津浪とは秋宮の納める土地に時々現れる災厄で、狩り損ねた手負いの猪が妖化して年を経たものらしい。
「正面から狙ってはならぬ! 後方から毛の隙間を狙え!」
凛と張りつめた声が響く。
向かいの森の中から、白馬にまたがった白帝が姿を現した。引き連れた将に指示を与えて負傷した護衛を保護し、山津浪を遠巻きに取り囲む。
「お龍! 無事か!」
月見台を仰げば、竜田姫の細い腕があがりひらひらと扇を振っている。
「楽しんでおりますよ。なにもここで狩りを始めなくとも宜しいでしょうに」
気の抜けるような
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