第11話
三人の困った大人がぐるになり、酒や肴にに舌鼓を打ちながらよからぬ相談事をしている。
力輝と竜田姫に挟まれるようにしてご相伴に与っていたセンは、夕錦の表情がどんどん渋くなるのを見て話の内容がよからぬ方へ進んでいることを知った。
「月のお方を騙すなどとんでもない事です」
ついに黙っていられなくなったのだろう。
夕錦が渋い顔で悪い大人たちに苦言を呈した。センには話の半分も分からなかったが、月読命と呼ばれる月の神を誤魔化して、センの歳を一つ減らそうという謀らしい。
月読命って誰?
首をかしげるセンに力輝が耳打ちする。
「八百万とおわす神々の中でも、とくに有名な三人の神様のひとりだよ。夜を統べる神。お月様の神さまだよ」
「でも、神さまでしょう? 騙されたりしないんじゃない?」
センの問いに、白帝が笑みをこぼした。
「神さまもたまには退屈することがあるのよ。そんなときに面白い話を持ち掛けられたら、乗ってみようかという気にもなるでしょう?」
竜田姫が代わりに答えてセンの顔を覗き込む。その顔はいつになく楽しそうに輝いていた。
「力輝殿。月読命を秋宮へ招くことは出来るかね?」
「ちょっと変わった方だからね。話さえ通せれば来てくれると思うよ。直接は難しいかもしれないけれど、ちょっと当てがあるんだ」
そういうと意味ありげに笑って見せた。
*
「くしゅっ」
月の御殿の中庭で花の世話をしていた白嶺が、くしゃみをして鼻をこすっている。
「姉さま、風邪ひいた?」
一緒に花の世話をしていた妹の黒嶺が、気づかわしげに姉の額に触れてみる。熱はないようだ。
「大丈夫よ。でも、なんだか胸のあたりがそわそわするの」
白嶺はそう言って、衣の胸のあたりをさすっている。
なにかよくないものでもたべた? などと妹に聞かれて首を横に振っている。
この二人、もとは白と黒の兎の妖化しで、霊峰の中腹に住んでいた。それをひょんなことから月の神に気に入られて、御殿で使えるようになった。
古来の巫女のような衣を着せられた少女たちは、人の姿と大して変わらない。されど、頭に生えた一対の長い耳のみが、彼女らが人でないことを示していた。
生糸のような銀色の髪に、青く澄んだ瞳の少女が白嶺。鴉の濡れ羽色の黒髪に、夕映えように赤い瞳の少女を黒嶺といった。髪や瞳の色さえ違わねば、見分けのつかないほどよく似た二人は双子である。
何日おきかに一度、月の神が気の向いたときに餅をついたり、お出かけの共をする以外は余りすることもなく、手持ち無沙汰にこうして庭や薬草園の手入れを手伝ったりしていた。
余り役に立てていない自分に不安を覚え、いぜん月読命に持ち込まれた相談事に首を突っ込んでしまったが、あれは失敗だった。
「こんにちは。僕の芙蓉」
かけられた声の主が誰だか直ぐに分かった。それでもあえて、白嶺と黒嶺は聞こえないふりを決め込む。何事もなかったかのように蓬莱の玉の枝の下草をむしり続けた。
「お~い」
聞こえているけど、聞きたくない。
この人に係るとろくなことがないのだ。
返事がないのにしびれを切らしたらしい。
雲をはいた大きな虎が、彼女たちの傍らに降り立ち、虎皮を羽織った若武者に姿を変える。黒い毛束の混じる白髪の少年は大きな瞳に人懐っこい笑みを浮かべて白嶺たちの顔を交互に覗き込んだ。
「聞こえているんだろう? 返事くらいしてよ」
しぶしぶといった様子で作業をやめ、口をへの字に曲げて力輝に向き直る。今度はどんないたずらを仕掛けに来たのかと、警戒した様子で上目使いに彼を見上げている。
「そんなに警戒するなって。今日は相談があってきたんだから」
「もう、相談には乗らないよ。うち、こりごりなんだから」
力輝が、蛟の大切な櫛を持ち出したせいではじまった大風を鎮めに行って以来、白嶺たちは彼に係らないと心に決めていた。
見かけによらず温厚な蛟を暴れさせた罰として、宮仕えを命じられた力輝が、まさか月と
もう二度と会うことはないと思っていたのに。
「そんなつれない態度されると悲しいな」
力輝のいつになく沈んだ声に、つい黒嶺が視線を合わせる。
白嶺は未だ頑張ってそっぽを向いているが、立てた耳をこちらへ向けているので気にしているのが丸分かりだ。
「今日は僕のことじゃなくて、友達が困っているから助けてあげたくて相談に来たんだよ」
しおらしく佇むようすに黒嶺が姉の袖を引く。
「姉さま。力輝、何だかいつもと様子が違うよ」
本来心の優しい姉妹は、力輝が困っているらしいようすに気持ちが揺れ始めた。悪戯ばっかりするけれど、もしかしたら今日は本当に困っているのかもしれない。
「ねぇ、姉さま。ちょっとだけ可哀想だよ」
妹の渡し船に思わず白嶺も振り返った。
眉を下げ上目使いに力輝がこちらを見ている。そんな顔するなんてちょっとずるい。ずるいけど、可哀想に見えてしまうから腹立たしい。
「話聞くだけだよ」
「うわぁ。ありがとう!」
「話聞くだけだからね!」
「うんうん。わかった」
力輝は白嶺の手を取ると、思わず魅入ってしまうような笑顔になった。嬉しそうにつないだ手を少し横に振っている。やっぱりずるい。
話を聞くだけと何度も念を押す白嶺だが、力輝は聞いているだろうか?
妖しいものだ。
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