第347話・あまつさえ……とのこと



「[アクアショット]ッ! [アクアショット]ッ! [アクアショット]ッ!」


 三回連続ですこしだけチャージを掛けた「アクアショット」をホンニャンにぶつけてみた。

 それをまるで避けるようにしてホンニャンは凌いでいる。


「どう思います?」


「どうもなにも、どう見たって」


「濡れるのが嫌で避けてるってことじゃない……かな?」


 オレが「アクアショット」を使っているあいだに、冷静に状況を解析している木母テンポウ深沙ケンレン普薩ハウルの三人。


「でも属性的にも弱点じゃないですよね?」


 確かにそうなんだよなぁ。なんでこう逃げてるのか。


「それはあれじゃないか? 常時羽根をひろげていないといけないから中に水が入るとだめになるとか」


「いや、さすがにそんな安直な理由じゃないと思いますよ」


 テンポウが唖然とした表情で肩をすくめた。


「でもそれは一理あるかもね。よく鳥は雨になると飛ばないっていうのは、羽根が水を吸い込んで重くなるからだし」


「つまり弱点は背中っていうのも、魔法が羽根でかき消されるのも――ダメージが通ってしまうから?」


「――まぁあくまで憶測だけど」


 言うや、ケンレンは錫杖を構える。


「シャミセン、思いっきり行くから濡れて流されても知らないわよっ!」


 ケンレンの足元に魔法陣が浮かび上がった。

 その色は白となり、青に変わり、ゆっくりと緑となって、赤へと変化していく。


「[チャージ]・[フォンレイヂェンユー]ッ!」


 ホンニャンの頭上に雨雲が立ち籠もり、雷鳴を轟かせるとともに豪雨が降りしきる。

 それはいうなればダムの決壊。ホンニャンは激しい水に圧され身動きがとれない。


「のぉわぁぁつ?」


「ちょっ、ちょっとッ! さすがにやり過ぎっ!」


「大丈夫っ! フレンドファイアにはならないでしょ?」


 ケンレンはそう叫ぶが、目がギンギンでらっしゃる。


「ほらシャミセン、盗めるもんはさっさと盗んちゃいなさいっ!」


「この状況でどうしろと?」


 手近にあった荊棘の壁に、それこそ棘が当たらないように注意しながら握り込む。


「グゥグググ」


 ホンニャンは大量の水が背中に入ったからなのか、明らかに動きが鈍くなっている。


「くそぅ!」


 まだ引かない水に圧されながら、オレは必死にホンニャンの方へと駆けていく。

 そして、光っている三ヶ所のうちのひとつ手を差し伸べた。



 [樹液]を盗み取りました。



「違うっ! 次ッ!」


「グゥヌヌヌ」


 ホンニャンがちいさく動いた。


「シャミセンさん、動き出してます」


「わかってる! ここぉっ!」



 [樹液]を盗み取りました。



 手に入ったのは今までと同じアイテム。


「クソぅっ! なんだよこいつっ! いい加減出せやぁ!」


 怒りと焦燥が頂点に達する。


「ぐぅぬおおおおっ!」


 ホンニャンが再び動き出し、激しい羽音を立てながら近くにいたオレを弾いた。

 その勢いで、再び荊棘の壁にぶつけられる。


「くそぉっ!」


 痛みを無視するようにパッと立ち上がり、最後の一箇所に触れようと走り出すが、


「はいストップッ!」


 ケンレンの錫杖に足を引っ掛けられ、前のめりで盛大に倒れた。


「なにすんだ、おい?」


 ケンレンを睨みつけると、彼女は肩をすくめるように、


「こういうときこそ冷静になりなさいよ。すくなくともあんたは私たちの上に立つ人間なのよ?」


「――ッ!」


 言い返そうとしたが、彼女の言うとおりだ。


「いい? 一番しっかりしていないといけない頭が、いの一番に危険を侵そうなんてバカなことをさせる手足がどこにいるって言うのよ? そもそも弱点が水だってわかった時点でかなりの収穫なんだから」


 ケンレンはそう言いながら、アイテムストレージからMPポーションを取り出して蓋を開けるや口にする。


「もう一回雨を降らして……」


 途端――空が消えた・・・・・


「ケンレンさんっ!」


「シャミセンさんッ!」


 テンポウとハウルの声も虚しく、オレとケンレンはホンニャンの突進に気付かず、無惨にも吹き飛ばされ、空へと叩きつけられ落とされる。


「がはぁっ!」


「ごほぉっ!」


 オレとケンレンが地面に落とされると同時に、空が暗くなる。


「マジかよ?」


 その影がホンニャンであることに気付くが、時すでに遅し。


「がぁはぁあああああああっ!」


 HPが急激に下がっていく。ギリギリで留まってはくれたが、ほんの数%しか残っていない。

 装備している法衣の効果で常備回復してはいるが、それでもジリ貧だ。


「シャミセンっ!」


 遠くからケンレンの声が聞こえる。どうやら狙ったのはオレだけのようだ。

 ホンニャンはゆっくりと浮上するが、また強く、今度は殺しにかかるレベルで潰しにかかってきた。


「ぐぅぁあああっ!」


 HPが減少していくが既の所で止む。どうやらいたぶることに興奮を覚えるドS体質らしい。

 とはいえ、身動きが取れないし、下手な動きをすれば確実に終わる。

 ――打開策はなにかないか?

 そう考えながら、手探りで地面にふれると、大粒の、直径にして約10センチくらいの石が転がっていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「[癒やしの音色]ッ!」


 ハウルが吟遊詩人の回復スキルを使い、ケンレンのHPを回復させる。


「ありがとう、助かったわ」


 ケンレンはそういいながら、錫杖を構える。


「とりあえずシャミセンをあそこから救い出さないと」


「それなのですが、今は君主ジュンヂュも耐え時ゆえ、下手にこちらから手を加えれば一撃で倒されるかと」


 ワンシアは冷静な声でいうが、表情は焦燥の一色だった。


「シャミセンさんのHPが切れるのが先か、あの天道虫が諦めてくれるのが先かってこと?」


 ハウルの言葉に、ワンシアはうなずいてみせる。

 いくらシャミセンのユニーク装備である[月姫の法衣]が常時HP回復付加がついているとはいえ、回復量よりもダメージがうわまっていてはもはや時間の問題。


「そんな悠長なこと言ってられないでしょ?」


「そうですよ。いくらなんでもテイムモンスターとしてのプライドはないんですか?」


 テンポウがそう口走るや、ワンシアはきっと彼女を睨みつけた。


「主を信じるは従者の努め。いついかなる時でも仕えるが従者の役目。主君の苦しみに耐え忍ぶは従者の拷問」


 その言葉に、ケンレンとテンポウ、そしてハウルは黙り込んでしまった。


「[苛政かせいは虎よりもたけし]。妾たちが君主ジュンヂュを助けるタイミングを見誤ってはもはや全滅もやむなし」


「そのタイミングがわからないと手の打ちようがないんですけどね」


 テンポウの言う通り、それが焦燥の原因だ。


「さっきみたいに雨を降らして動けないようにする」


「それこそ重みでその下にいるシャミセンがお陀仏よ」


「チルルとワンシアの[咆哮]で動かなくするって案もだめですね」


「まぁ過程が違うだけで結果は一緒でしょうね」


「いっそのこと倒すっていうのは?」


「それができれば苦労は――」


 ハウルは言葉を止め、自分のテイムモンスター……チルルを見る。

 そのチルルは道の先、ちょうどダンジョンの丁字路に当たるところを見ていた。



「もうこんな時間なのに、全然出口が見当たらない」


 ふてくされた声を発しながら、瑠璃色のドミノとケープのマントを羽織った少女がハウルたちの前を横切る。


「子供?」


「こんな時間に?」


 ハウルやテンポウは怪訝な表情でその少女を見る。


「あの……すみません。このダンジョンの出口ってどこになるんですかね? ちょっと脱出アイテムをもっていなくて」


 少女はハウルたちにそうたずねるが、


「っと戦闘中でしたか? で、なにをしてるんですか?」


 この状況にどうツッコめばいいのかわからずにいた。

 なにせ目の前に大きな天道虫がいて、その片隅で作戦会議をしているハウル達がいるのだ。これをどう解釈すればいい。


「あっと、状況を説明すると――」


 ハウルが少女に対応する。いま自分たちの状況を説明するや、


「なんで助けないんですか?」


 少女は恐懼の声で言い返した。


「いや助けたくても助けられる状況じゃないのよ。下手に動くと下に引かれているのがやられるのが目に見えてるわけだし」


 ケンレンがそう説明すると、


「えっと、つまりその下に敷かれているプレイヤーを助けられればいいってことですよね?」


 少女は眇めるようにしてケンレンたちを見やる。


「それができないから苦労しているんですよ?」


 テンポウが喧嘩口調で言う。「あれだったら何度も対峙してます――ってレベル高っ?」


 少女はホンニャンのレベルを確認するや、ギョッとする。


「あぁ、あれはめったにでないユニークモンスターだから」


「いやさすがに限度ってものがありませんかね?」


 少女はそうツッコミを入れるが、「まぁやるだけやってみますけどね」


 ゆっくりと腰を下ろし、左手は腰に副え、右手を構える。

 ――あれって柔道の構え?

 ハウルは、自身の祖父が経営している道場でも似たような光景を見ている。

 その道場は総合格闘であったため、様々な格闘術の構えを見てはいるが、比較的に多かったのは柔道と空手であった。


「はっ!」


 少女は地面を蹴り、ホンニャンへと駆ける。「グルル」


 ホンニャンが羽を羽撃かせ少女を吹き飛ばそうとするが、


「ふんっ!」


 少女は地面を踏みしめ、それを耐え凌ぐ。


「うそっ? そんなのあり?」


「まるで地面から生えているってくらいピクともしてませんよね?」


 ケンレンとテンポウが唖然としている中、


「あの子、格闘技の経験者だ。しかも有段レベルの」


 ハウルは凝視するように少女を見る。


「羽撃きが弱くなった」


 少女は地面を蹴り、宙に飛ぶや、ホンニャンの頭目掛けて踵落としを食らわせる。

 ズズンと大きな体躯が地面へと沈み込む。


「っと、倒しきれてはいないか」


 少女はスタン状態のホンニャンの身体に両手を忍ばせるや、


「よいしょぅっと!」


 上へと投げ飛ばした。


「いや、さすがにそれはないってっ!」


 この一連の流れに、ついていけなくなったのはケンレンたちである。


「ふぅ、まぁスタン状態だしさっさと抜け出して――」


 少女はホンニャンの下敷きとなっていた愚僧を見下ろす。


「えっと杖を構えていったいなにを?」


 怪訝な表情を浮かべる少女を無視して、その愚僧は笑みを浮かべていた。


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