第345話・紅娘とのこと


「ちょっと、シャミセンッ! そっち行ったわよっ!」


 梔子色クチナシの法衣をまとい、ここのつの髑髏されこうべをほどこした項錬ネックレスを着飾った黄婆ケンレンが、注意をうながすように叫んだ。「だぁらくそぉっ!」


 けたたましい羽撃はばたきをかなでながら、全長おおよそ2メートルほどのおおきな天道虫が、オレの方へと突進してくる。



 [ホンニャン]Lv25 属性・木/陰



 錫杖を構え、防御に徹する。[安身窟]を展開させる暇すら与えてくれない。

 ガキン……と、錫杖と天道虫がぶつかり合う。


「ぶつかった音がおかしんだけど?」


 疑問に思いながらも、ぶっ飛ばされないよう足腰に力を込め耐えしの――ズズズとうしろにされてるんですが?


「こいつ、攻撃力どうなってんだよ?」


 レベルは比較的にこちらのほうが上回ってるというのに、STR攻撃力が比率的に負けている気がする。

 あと名前の可愛さに反して、身体は毒々しい黒に朱色の斑点模様はんてんもよう

 いや中国語で「紅娘てんとうむし」って意味だろうけど、名前と実態が噛み合っていない。


「シャミセン、そのままの状態でお願いね」


 上空からケンレンの声が聞こえ、そちらを一瞥する。


「[断頭蹴落ギロチン]ッ!」


 落下する勢いを利用しての踵落とし。

 天道虫の背中にクリーンヒットし、そのまま地面に叩きつけた。


「おぉっ……ととと」


 瞬間まで鍔迫り合いをしていたためか、急にそれが解かれてすこしばかりバランスが崩れてしまい、転けそうになった。

 唖然とするオレを後目に、


「うむ、アイテムは出てこないか」


 モンスターを倒したケンレンは、目的のものがでていないことを確認すると、不服そうにためいきをついた。


「ドロップアイテムのアナウンスもないしな」


 周囲を見渡してもそれらしきアイテムが出ていない。


「うーん、ていうかローロさんのリクエストもまた面倒なのもってきたわよね?」


 眇めるようにオレを見るケンレン。「はい、情弱じょうじゃくのオレが悪いです」


 その場で正座をさせられるような威圧を感じ、オレはこたえた。



 ことの発端は、一、二時間前にログインしたときの話だ。

 大学からバイトに直行し、クタクタ状態で帰宅したが、日付が変わる前にログインボーナスとメッセージの確認だけにしようとしたのだが、そのメッセージの中にローロさんから、



 ◇送り主:ローロ

 ◇件 名:素材採取の依頼

  ・荊棘嶺けいきょくれいに「ホンニャン」という天道虫のようなモンスターが[女神の薄羽]という素材アイテムをドロップするのですが、出現率が低いせいか倒しても出現しないという噂もあります。

  ・そこでシャミセンさんの類まれなる幸運値で出現しないか調査をご依頼したいと思います。

  ・なお手に入ったらその分なにかお礼はしますのでお暇なときにでもお願いします。



 という内容のメッセージ。

 アイテムの出現率が低いというのは、レアアイテムたる由縁ではあるが、


「結構倒してるのにいまだに出てこないんですが?」


 話は現在に戻って、ちょうどログインしていたケンレンに暇だったら手伝ってほしいとお願いしたら、二つ返事で参加してくれたので、戦闘自体はとどこおりなく進んではいる。


「これで……八匹目だっけ?」


「同じ場所で戦いすぎるとモンスターがポップアップしてこないって話だしなぁ」


 ケンレンの呆れ声にオレは同意するように言い返す。

 目安としては十匹以上倒すと、それ以上戦闘できないという考えがある。

 ということは残り二匹で目的のアイテムが手に入らないと調査は明日に持ち越しとなるため、こちらとしてはできるかぎりその前に手に入れたいところだ。


「いちおうビコウにメッセージを送ってみたんだけどさ」


「――なんて?」


「[ネタバレになるから応えられません]って」


 ケンレンは苦笑を禁じ得ない声で返した。

 そんなところで運営になるな。いや運営だけど、GMゲームマスターだけど。


「掲示板のレアアイテム情報の書込レスもいちおう確認してはみたけど、あんまり有力なものはなかったしね」


「ってことはあんまり知られていないってことか」


 モンスターを倒した時にアイテムが手に入った場合はかならずアナウンスがはいるようになっている。

 ただし場合によっては周囲にアイテムが落ちてアナウンスが流れないときもあるのがこのゲームの理不尽なシステムだ。


「周囲を探してもそれらしきアイテムも見つからないしなぁ」


「あんたのもっている[盗む]でどうかならないの?」


 そう言われ、オレは自分の手をジッと見据える。


「いや、盗む確率を上げるのに[極め]を使っては見てるからいちおう弱点と盗取できるポイントが出てはいるけど、目的のアイテムじゃないしなぁ」


 こればかりは自由に選べない分、本当に運に任せるしかない。

 盗めるポイントも一度触れてしまうと、それ以上は出てこないようになっている。


「それ自体も確率があるってこと……ね」


 嘆息を吐くようにケンレンは肩をすくめる。

 ちくしょう、自分の運の良さがここまでバカにされたのって初めてな気がする。


「盗取ポイントがモンスターの個別で決まっているみたいだし、盗み取れるのは[樹液]だけみたいだから……これだけ倒したり盗み取ったりしても、確率が1%もあれば取れると思うんだけどなぁ」


「いや百回やって一回取れればいい確率だからね。1%って」


 ケンレンはそこまで言ってから、「あ、でもあんたのステータスだとかなり違ってはくるか」


 と得心したように手を叩いた。

 そんな会話をしながらも、オレとしてはそろそろ時間的にもひとつくらい出てきてほしい。


「あぁ、くそぉ」


 そんな中、虚空にステータスウィンドゥを展開していたケンレンが舌打ちする音が聞こえ、そちらを見た。


「どした?」


「いや、パーティー全体の幸運値を上げたら手に入りやすくなるんじゃないかと思ってさ、ビコウ以外でLUKの高いテンポウを誘おうと思ったらログアウトしてんのよ」


 時間は現在0時を少し過ぎた頃。「さすがにこの時間でログインしてはいないだろ」


 というかオレもそろそろログアウトして明日に備えたいんですが?


「しかたない。ローロさんはクエストの期限を設けてはいないんだし、日を改めて」


「私は明日の一限ブッチしてもいいけどね。というか出るまでやめん」


 ケンレンが顔を近づける。というか目がギンギンになってる。「落ち着かんか」


 コツンと、ケンレンの頭部に錫杖を軽く当てる。


「あいたぁっ?」


 叩かれた頭部を手で抑えるようにうずくまるケンレン。あ、そういう衝撃には対応してるのね。


「いちおうオレも大学生なんですが? というか一限必修だから休めんのよ」


「うーん、それじゃぁ今日はやめときますか?」


 眇めるようにして言うケンレン。同じ大学生だからなのか思い当たる節はあるということになる。

 まぁそれが無難だな。

 というか、帰ってきてすぐだからお風呂も入ってないし、なによりお腹が空いて逆に眠れそうにない。


「しかし[樹液]かぁ」


 アイテムとしては、虫系のモンスターがあつまりやすくなるのかもしれん。


「目星の木に塗ったら虫モンスターさがさなくてもいいってことか」


「なら、ログアウトする前に大きめの木に塗ったら? 次ログインした時にポップアップなしで戦闘になったりしてね」


 さすがにそんなことはないだろうと思いつつも、めぼしい木を探してみる。


「おっ、あの木がちょうどいいかな」


 近くに大木があったのでその木肌に、アイテムストレージから取り出した[樹液]を塗りたくってみる。樹液だからかヌルヌルとした感触。

 実際の樹液ってあんまり触ったことないけど。


「よし、これであとはログアウト――んっ?」


 なんか周りが急に暗くなったんだが?

 カサカサカサカサ……。

 あとなんか身の毛の弥立よだつ音が聞こえてきたんですが?

 その音の先を一瞥すると、



 天界随一の錬金術師の玉盤ぎょくばん 覆水溢れ

 楝色おうちいろ帆布キャンバス満天星ドウランちりばめん

 風鈴ふうれい嚠喨りゅうりょう を揺すり

 甘美かんびの匂いにいざなわるば 邪鬼の叢雲むらくも

 現出げんしゅつしたるは 無数の百蟲夜行ひゃくちゅうやこう



 数えるのがおぞましくなるほどに無数の虫系モンスターが繁々とした木の枝と枝のあいだから湧いて出てきた。


「……なにこれ?」


 ただでさえリアル志向だからなのか、顎をシャクシャクと動かさないでくれませんかね。


「――なにこれ?」


 ケンレンもゾッと青ざめた表情で蟲を見る。「いや、さすがに多すぎでしょ?」


「限度ってものがあるよな? 出てくるにしても一匹二匹くらいでいいと思うんだよ?」


 虫たちに悟られないように、うしろへと下がっていく。


「ゆっくーり、ゆっくーり」


 どうやら虫達にはあまり気付かれていないようなので、一歩、また一歩とうしろへと下がって――バキッ!

 ――なんか踏んだ。


「「…………ッ」」


 静寂をつんざく音が響き、オレとケンレンの声が死んだ。

 チラリと足元を一瞥すると、そこには折れた木の枝がオレの踵の下敷きとなり踏み潰されている。

 その音で[樹液]に誘われていた虫モンスターたちが、一斉にオレとケンレンの方へと、その赫々かっかくとした複眼を向けるや、羽虫は羽音をたたせ、地面を這う地虫は素早い動きで突撃してきた。

 多勢に無勢。ここは選択肢などかなぐり捨てて敵前逃亡一択。


「くそっ! ここは逃げるぞケンレンっ!」


「こぉのぉばかぁあああっ! お約束だけどさぁ、いやお約束だとは思うけどさぁあぁっ!」


 くそ、タダでさえ[夜目]の効果で周りが見やすくなっているとはいえ、ジメッとした土もあるせいか、意外に走りにくい。


「ケンレン、ちょっとアイツラどうにかできない?」


「時間稼ぎくらいはなんとかするわよ」


 言うや、ケンレンは逃げる足を止め、虫たちに視線を向け直すや、得物である[降妖こうよう錫杖しゃくじょう]の中心を握り、虚空に一回転させるや、石突を地面に叩きつけた。


「[スーリンヂャオファン]ッ!」


 ケンレンの足元から紫色のおどおどしい煙が昇天し彼女を囲い込む。

 そのエフェクトは禍々しい髑髏たちの悲痛の慟哭。

 ズズズと地面から這い上がってきたのは朽ち果てた獣や人型のモンスター。

 それらが合計で九体現れている。


「さぁ、やぁっておしまいっ!」


 ケンレンはビシッと錫杖を虫達に向けた。

 その合図で召喚されたモンスターたちがいっせいに虫の中へと突撃していく。

 それこそ「あらほれさっさぁー」と言わんばかりに。


「とりあえず、時間稼ぎにはなるけど、なにをするつもり?」


「[フレア]で一網打尽に燃やし尽くす」


「ここ周りが木だから、下手にやると燃え移るわよ」


 そんなことを言われ、オレはふと前に来たときのことを思い出す。


「無駄にリアル志向だよなほんと」


 そこはゲームだから燃え移らないとかしてくれませんかね?


「というわけで炎系の攻撃は却下」


「なら――[チャージ]・[ライトニング]ッ!」


 タメを付加した光の矢が分散し、虫モンスターたちを一閃していく。


「といってもあんまりダメージはなさそうね」


 ケンレンの言う通り、ダメージ判定はあるものの微々たるものになっている。

 全体攻撃だから便利といえばそうなるんだろうけど、なんか一匹に対するダメージも思いの外下がっている気がしなくもない。


「そういえば私とテンポウがまだ星天遊戯をし始めた頃に[チャージ]を覚えてから全体攻撃をしてた時にビコウがよく言ってたけど、本来一匹しか対象にされない攻撃魔法を[チャージ]の効果で全体攻撃にすると、モンスターの数だけダメージ計算が分散されるみたいよ」


「なんでそれを今更言うのかね?」


 オレは思わずケンレンを睨みつけるようにツッコんでしまった。


「いるのよねぇ[チャージ]を覚えて全体攻撃ができるようになるとむやみやたらと使っちゃう人が」


 くくくと含み笑いを浮かべる黄婆ケンレン。言わずもがなオレのことでしょうね絶対。


「あぁこの前セイエイがそんなこと言ってたな」


 なるほど、スキルの熟練度を上げるなら単発でやったほうがいいというのは、これが理由でもあるのか。

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